マーガレット・アトウッド『昏き目の暗殺者』

長い時間を幾日もかけて700ページ近くにも及ぶ長編、ブッカー賞作品であるマーガレット・アトウッド『昏き目の暗殺者』を読了。
妹のローラが車ごと橋から転落し、夫がヨットの中で、娘が汚いアパートの階段から転げ落ちて死ぬのを語るところから物語が始まる。
ボタン製造業で財を成した裕福な家庭で育ったアイリスが語る自分と妹の人生、そして老齢を迎えたアイリスの語る現在の寂しさ、妹のローラが書いた作中作としての「昏き目の暗殺者」、その「昏き目の暗殺者」の中で男が語る作中作の作中作である物語、そして物語の少し先を行く新聞記事や社交雑誌や業界紙からの引用、と四つの物語が複雑に絡み合いながら物語を構成する。
没落する地方の名士と新興成金の隆盛といった19世紀的な一地方の一族をめぐる年代記と、そこを行きぬく女の一生の物語、そして老いて一人になる様は何とも物悲しい。
純文学、ミステリ、ロマンス、SFなど色々なジャンルが混ざり合いながらも、濃くて内容の詰まった重厚で肉厚な雰囲気のする、何ともリッチな雰囲気のする小説であった。


amazon ASIN-4152083875作者のマーガレット・アトウッドは物語の直接の登場人物だけでなく、作中作の登場人物にまで細かい気配りと愛を注ぐというような事が言われている。
たしかに主人公のアイリスとその妹ローラ、チェイス家のメイドのリーニーの魅力もさることながら、作中作で男が語る物語に登場する盲目の暗殺者と舌を抜かれた生贄の娘も何とも魅力的であり、そういう姿勢が物語をとても厚みのあるものとしているのだと感じた。
老年に達した人が過去を振り帰って抱く深い悲しみ、また老年という存在である事自体が強いる諦念や悲しみが痛いほど伝わってきて何ともやりきれない。
作中の「悲劇とは長い悲鳴ひとつですむものではない、そこに至るありとあらゆるものを含んでいる。」が示すように彼女自身の人生がある地点から悲劇へと変わり、「ある地点をすぎると、経験という惨害はひとを退行させる」というようにそこからは彼女の望むべく進歩なんか何もなかった。
物語の終わりの方で人を殺す「昏き目の暗殺者」たる存在として、盲いた神として弓矢を持つエロスに象徴される愛だけでなく、目隠しをした女神ユスティティアの剣に象徴される正義もあげられていたのは何とも無力感を際立たせられた。
人生が消耗であり磨り減って行く事でしかないとしたら、生きる事に何を見出すのか。そんなことを考えざるを得ない本であった。

4件のコメント

  • こんばんは。
    この連休で、本書を読み終えました。久し振りに文学の醍醐味を感じさせる作品に出合えた気がしました。
    連休中は、クッツエー「恥辱」、グレアム・スウィフト「ウォーターランド」、マーガレット・アトウッド「昏き目の暗殺者」の3冊にかかりきりでした。そういえば、アトウッドは、最近新刊が出ましたね。未だ買ってないのですが。
    年をとると読むスピードが落ちてきたのか、それとも集中力がないのか、なかなか沢山は読めなくなりました。それでも本とCDには、目一杯投資してるので、積ん読本が増えて困ります^^;
    ところで、Profileを読ませて戴くと、私は京都市内の大学様向けのSEですので、どこかでお会いしてるかも?なんて思いました。ちょくちょく立ち寄らせて戴きます。

  • こんばんは。
    お越しいただき、またコメントまで頂きましてありがとうございます。
    本書は確かに質と量共に重厚なまさに「文学」という感じでした。
    読書三昧のゴールデンウィークをすごされたようで良い感じですね。(^^)v
    あ、私もクッツェーは大好きな作家の一人です。
    Martyさんは京都の大学向けのSEをなさっているとの事。確かにどこかでお会いしているかも知れませんねぇ。
    同じエリアの同じ業界で同じ趣味を持つ者として、とても親近感を覚えております。
    ぜひ又いらしてくださいお待ちしております。m(__)m

  • こんばんは。
    今日は大学の生協で、マーガレット・アトウッドの「またの名はグレイス(上)」を買いました。しばらくは積読状態ですが、下巻が出るタイミングで読み始めたいと思っています。
    今は、二十数年積読状態だったガルシア・マルケス「百年の孤独」と、イアン・マキューアン「アムステルダム」、宮部みゆき「模倣犯」を読書中です。
    二十数年前は名前のややこしさで読み通せなかったのに、今はすらすら読めるのが不思議です。土偶さんのように、一気読みはできないですが^^; ちなみに私も旧版9刷1981.3.5です。
    ところで、新潮社の季刊雑誌「考える人」を購入されましたか?今回は、海外の長編小説特集です。ベスト100企画があり、ちなみに一位が「百年の孤独」で、これは読み通さねばと思った次第です。
    では、また。

  • むむ、『またの名をグレイス』を調べてみたところ、アトウッドの最高傑作と言われているらしいですね。それは面白そう!
    Martyさん中々渋い本読みですな。私の中では外れ無しのブッカー賞ということで、イアン・マキューアン『アムステルダム』も読みたいと思っていました。読もうかなぁ。
    新潮社の『考える人』は買っても読んでもいないです。良い感じの特集ですね。とりあえず読んでみます。
    耳寄り情報ありがとうございました。
    では、又お越しください。

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