ポール オースター『ミスター・ヴァーティゴ』

私のお気に入りの作家の一人であるポール オースターを久しぶりに読んだ。
彼の小説は『リヴァイアサン』を最後に読んでいなかったけど、この『ミスター・ヴァーティゴ』はその二年後の1994年に出版されていたらしい。
ストーリーを要約すると、1920年代後半、世を拗ねた不良少年の孤児ウォルトは、イェフーディ師匠と出会い「空を飛ぶ」修行を始めた。
波乱万丈の人生、色々な出会いと別れを老人となったウォルトが昔を振り返って語る。
という感じ。
柴田元幸の訳という時点で、彼が訳すに値すると判断したという事で外れであることはめったに無いだろうと言っていいと思う。
形式上は滅茶苦茶な荒くれ不良少年が愛を知り人間的に成長する、といった教養小説ということになり、小説の王道的な作りであるけど、空を飛ぶための修行という内容が入ってくるので読みようによれば限りなく怪しくもなるだろう。
なんとなくパウロ コエーリョ的なスピリチュアルなる雰囲気がするけど、彼よりは「欲望は満たされるために存在する」的な色合いが強かった。
言い換えれば人生の賛歌的なところがあり、これはポール オースターが年をとって丸くなったという事なのだろうか?


amazon ASIN-4102451099私が彼の作品の中で一番好きなのは『最後の物たちの国で 』なのだが、この社会構造と価値観の土台の部分が無茶苦茶で狂った国の話は余りにも痛々しくはあるけどどこか幻想的であるのと比べて、この『ミスター・ヴァーティゴ』は理解できる社会と理解できる欲望で動く人たちの引き起こす滅茶苦茶な話は、その話に組み込まれた「空を飛ぶ」という事自体もリアリティーを感じるほどの現実感があった。
『最後の物たちの国で』の悲惨ではあるけどあまりの現実感の無さは物語自体の「救いの無さ」によるものなのかもしれない。
かなり昔に「絶望の世界」をあまりに面白くて一気に読んだ時に、凄いリアリティーがあるにも関わらずどこか現実感を感じなかったのだが、今思えば「絶望の世界」の話のどこにも救いが無かったからではないかとふと思った。
とはいっても、この『ミスター・ヴァーティゴ』は差別やら虐待やらリンチやらとエグくて無茶苦茶な話もあり、キレイ事だけでは全く無い。
二転三転するストーリーテリングと含蓄深い話は限りなく残酷ではあるけど、人生の肯定に満ちたお話であり、そこには当然救いは存在するという前提が流れていて心地よかった。

3件のコメント

  • ありがとうございます。
    こちらの方からもTBお送りいたしました。
    頂きましたTBが文字化けしておりましたので、文字化け部分に手を入れさせていだいております。
    仰るように素晴らし本でしたね。
    タウムさんのブログも定期的に拝見いたしますのでよろしくお願いいたします。

  • 貧しかった少年の波乱万丈の人生  ポール・オースター著 「ミスター・ヴァーティゴ」

    ポール・オースター。
    小説好きには、いわずと知れた現代アメリカ文学の旗手。
    先日「ティンブクトゥ」を読んだばかりですが、何せその作品には定評がある作家ですので…

  • TBさせていただきました。
    残酷で、辛辣で、人生の厳しさを描いているが、読み終わるとホントに心地よさを感じました。
    素晴らしかったです。

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