カズオ イシグロ 『わたしを離さないで』

amazon ASIN-4152087196長崎県出身の日系イギリス人で、ブッカー賞作家であるカズオ・イシグロの2005年に出版された『わたしを離さないで』を読了。
内容は「介護人」や「提供者」で仄めかされる秘密を中心に、その秘密ゆえに色づけされる、ある施設の子供達の成長物語である。
直接の物語として話される内容が余りにもありがちでどこにでもある物語であるだけに、逆にそれがその秘密とのコントラストで重くのしかかってくるという逆説的な構造となっている。
私は映画でも本でもネタバレを全く気にしない人間で、読む前からその「秘密」を知ってた訳やけど、その「秘密」から当然来るやろうと予想された重さに比べれば全然大した事なかった。
「読書メモ」を取りながら読んで行きたいタイプの小説ではなく、ストーリーテリングでリズムに乗せて引っ張ってゆく感じで、もっとエグくて救いのない最悪の読後感を予想していたのだが、読後感はダニエル・キイスの『アルジャーノンに花束を』に似ているように思った。
つまりは『アルジャーノンに花束を』が好きな人にはお勧めできるという事である。
そして読むなら予備知識なしの方がいい。
巻末の柴田元幸の解説によればカズオ・イシグロの中心的テーマは「記憶は捏造する」「運命は不可避である」らしい。
私にとっては初のカズオ・イシグロであり、そのテーマ自体は感じはしたものの、作家の個性を強く感じることはほとんどなかった。
その作家の個性を感じるには、代表作とされるブッカー賞受賞作の『日の名残り』を読むほうが良いのだろうか?


「何のために生まれてきたのか」てのは根本的かつ不可避的で殆ど無意味なほどの問いであり、だれでも一生かかって、おそらく一生かかっても答えが出なさそうな、紀元前から今に至っても答えの出ないとてつもない問いである。
しかしながら、この物語に出てくる少年少女たちは生まれた瞬間からその難問に回答が与えられており、自分自身で問いを発する前に答えを知っている。さらに「とても他人から不可欠なほどに必要とされている」「他とは全く違う特別な選ばれた存在である」というおまけつきでだ。
勿論、はたから見ればその答えや理由はとてつもなくグロテスクで受け入れがたいけど、彼らはそれに反発するでもなく従順に受け入れている。
そんな運命を黙って受け入れる彼らの感覚はおおよそ理解しがたいような気もするけど、特別な選ばれた存在であり、人類史上から続く難問の答えを知り、自分が存在する事自体が他人にとって意味があると、まるで救世主か預言者を例えるような言葉を自分の形容とされれば、以外に受け入れやすいものなのかもしれない。
それほどまでに「何のために生まれてきたのか」という問いは問い続ける事自体が苦しい。
子供のためであるとか恋人のためであるとか仕事のためであるとかは勿論、9の交響曲と16の弦楽四重奏と32のピアノソナタを書くために生まれて来た。といったような意味を自分の中に持っている人間がとても強いように見えるのは当然かもしれない。

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