山田晶 『アウグスティヌス講話』

amazon ASIN-406159186Xいわずと知れたアウグスティヌスの『告白』を読む事にしたので、その前にそのアウグスティヌス本人と『告白』の入門書として名高い、某キノコ先生のwebページでも紹介されている 山田晶『アウグスティヌス講話』を読んだ。
去年最後に読破したのがパスカルの『パンセ』、去年から読み始めて今年に入って最初に読破した本がこれだったので、本来ならパスカルの『パンセ』が2008年の最初の本カテゴリのエントリに来るのやろうけど、余りの大作つーことでまだちょっとまとめ中の考え中なので、この山田晶『アウグスティヌス講話』の感想を先に書いてみる。
この本は1987年度の大佛次郎賞も受賞しており、今でこそちょっとマニアックな学術文庫やけど、一般書としても中々に評価されているのだろう。当時は違う出版社でもあったしね。
本来は書籍として書かれたのではなく、カトリック信者である著者がプロテスタントの北白川教会で講話として何度か話した内容を文章に起こして編集したものらしい。
そういうわけもありとても平素で読み易いうえにとても含蓄深く面白い本であった。アウグスティヌスの入門書のつもりやったけど、キリスト教全般の話としてもかなり良かったうえに、著者というか語り手の山田晶のお人柄で「ほんわか」とまでするとても素晴らしい本であった。


本の構成としては一回の講話を一話としてまとめ、それを六話まとめて一冊の本としてまとめたものである。
第一話から「アウグスティヌスと女性」「煉獄と地獄」「ペルソナとペルソナ性」「創造と悪」「終末と希望」「神の憩い」と中々興味深いお題が盛りだくさんで、それぞれの話が主に著者の専門であるアウグスティヌスに関連付けられてわかりやすく述べられる。
アウグスティヌスと言えば、「横に女が寝てないと眠れなかったくらいに遊びまくり」という何処からか聞いたイメージがあったけど、この本の一話で確かに彼が一途に一人の女性を愛した事と、たった一度の過ちで自分が淫蕩である事を認めて改心に至った事が良く分かった。
この本が大きな反響となったメインコンテンツでもある今までの一般的な「放蕩部類の徒」のアウグスティヌス像を覆すような一話の話を初めとして、
二話の「煉獄と地獄」の話では人間ごときが何をしても最後には救われるのではなく、自らの意思で罪をなして地獄に落ちる事も出来るほどの、自分の行為に責任を追った個人として認められていると言うところ、
三話の「ヒュポスタシス」なるギリシャ語に端を発する「ペルソナ」と言う言葉を西方教会が使う事で、東方教会と違った三位一体の教義が生まれ、そこから「理解し、愛する主体である」人格神たるペルゼーンリッヒな神の話になってゆくところはとても感心した。
四話の「創造と悪」では道元の「全てのものが仏性を持っているのになぜ修行する必要があるのか」と言う問いに対する「全ての中に私が入って私が成仏する」なる答えを引き合いに出して、まだ創造が続いている世界で神の意思で善をなし悪をも善用する事で自らが創造される世界の一部となり創造する。なる見地や、
五話の「終末と絶望」の話での世の終わりである世界の終末と、個人の死である個人の終末を、集団ヒステリー的なペンテコステ運動でも、世界と個人を切りななして個人にのみ耽溺するでもなく、目覚めて祈り、終末を待つ事自体で自身が浄められてゆくのだと言う話は感動的ですらあった。
最後の六話では「神の憩い」と題して創造の七日目で休んだ神を引き合いに出して、休みの日に予定を詰め込んだり、また働くための休息のみであるとして空間と時間を埋めるべくあくせくしている現代人を描いて見せ、日曜日に同じ神を信仰する人たちが集まって祈りを唱える事で空間と時間を使う事の素晴らしさを説いている。確かにそれはとても美しくて崇高やと思った。
最近は小説ではない思想系や宗教系のよく読むようになったけど、結局こういった類の本は文字の行間から漏れる著者のお人柄にかなり内容の受け取り方が左右されるなぁと思う。もちろんそれはそうあるべきではないのやろうけど。
例えば、むちゃくちゃな生活をしていたドストエフスキーは小説を書いたから良かったけど、思想書を書いていても「お前が言うな!」と言う感じやったやろう。
そういう意味で、この本の行間から見える著者の山田晶のお人柄はとても素晴らしかった。なんか『カラマーゾフの兄弟』のゾシマ長老のようで本当にほっこりした。
「しかし、現実にわれわれ被造物の立場からいいますと」
というとてつもなく胸キュンな言葉を発する事が出来る人なんか世の中にどれだけいるだろう。
そういうわけで巷に蔓延するキリスト教に対する誤解をあたらめるにもぜひぜひお勧めの一冊である。
と、ついつい興奮して長いエントリになってしまった…

2件のコメント

  • 確かにええ本でした。
    え~っ『告白』読むですか。楽しそうですねぇ。私も現在、同じく山田晶訳で読み始めたところです。
    こちらこそ今年もよろしくであります。m(__)m

  • まぁ興奮するのも、わからぬではない。^^
    それほどええ本だ。
    あんだけ難解な研究書を書く碩学が、
    こんなのも書けるとは‥‥
    ジェラシー通り越して、ひれふすわな。
    ちなみに4月からはゼミで『告白』を読みます。
    けっこう楽しみなのだ。
    そんなわけで、今年もよろしゅうに。

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