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2009年1月11日

映画:ミヒャエル・ハネケ「タイム・オブ・ザ・ウルフ」 / アンチ北斗の拳的世紀末、あるいは根暗系ディストピア未来像

amazon ASIN-B000LE1374「セブンス・コンチネント」がとても面白かったミヒャエル・ハネケの「タイム・オブ・ザ・ウルフ」(2003/仏=オーストリア=独)を観た。
ヒットした彼の「ピアニスト」(2001/仏=オーストリア)の後に撮られた映画であるけど本当は「ピアニスト」の前に撮りたかったらしく、それが叶わずに「ピアニスト」のヒットによってようやく撮る事が出来たようだ。
壊滅的な災害か戦争か何かが起こった(らしき)状況で、機能が停止した都市から逃げ出した(らしき)家族が別荘に向かう。
しかし別荘には既に銃で武装した別の家族が住みついていた。
家族は秩序と機能を失った社会の中でのタフでハードな生存競争に否応無く巻き込まれてゆく。
と言った感じであろうか。


「らしき」という言葉を使ったけど、何によってこの状況が起こったのか、実際何が起こっているかというのは全く説明されない。ただひたすらだんだんと行き詰って行く状況を描いているだけである。
「行き詰まり感」といえばハーモニー・コリンやけど、ハネケ的な行き詰まり感は明るい要素が無くひたすら暗い。「ピアニスト」でマッドなピアノ教師を演じたイザベル・ユペールがこの映画でもお母さん役を演じており、いつキレるかハラハラと良い感じであった。
典型的なディストピア未来世界で、ポール・オースターの『最後の物たちの国で』のようでもあるけど、生き残るために疑心暗鬼なりながら気の休まることの無い集団生活を送る人々の閉塞感は観ていてとても息苦しい。
この息苦しさは、集団の秩序をなんとか維持したいと考える感情と、なんとかお互い出し抜こうとしている個人の感情のせめぎあいから来るような気がする。
誰が味方か誰が敵かわからない上に、ちょっとした事で敵も見方も簡単に入れ替わり得る状況ってのはとても精神的にハードである。
こんなのに比べれば「北斗の拳」の「ヒャーッハ!ここは通さねぇ!」的な世紀末観は、白黒はっきりしてて人間として解り易く、ある意味で明るく健康的やなぁと思うのであった。

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