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2009年1月26日

映画:アンドレイ・タルコフスキー「サクリファイス」 / 非ハリウッドなヒーロー

 アンドレイ・タルコフスキーの「サクリファイス」 (1986/スウェーデン=英=仏)を観た。
「惑星ソラリス」「ストーカー」についでタルコフスキーの映画を観るのは3本目であるけど、この映画は彼にとっては遺作となったらしい。
いずれ同監督の「ノスタルジア」も観るつもりだったので、どうせならこの遺作のほうは後から観ればよかった。
ストーリーは、自分の誕生日を祝うために集まってきた友人たちや家族と楽しい時間を過ごしていた男が、その席の最中に世界大戦の始まりを告げるテレビの報道を目にする。
ここ以外に安全な場所はどこにも無いと告げるテレビの放送が突如止まり、世界の終わりの予感に家族と友人たちはパニック状態に陥る。
絶望する家族や友人を見て、今まで無神論者であった男は、自分の全てを犠牲にしても世界が救われるように、必死で神に祈り続ける。祈り続ける彼はやがて祈りつかれて眠りに落ちてしまうが、そこで目を覚ますと…
と言う感じの話である。


英題の「The Sacrifice」の音をそのまま邦題にしたこの映画の原題は「Offret - Sacrificatio」で、スウェーデン語とラテン語で英題の「いけにえ、犠牲、 捧げ物」を差し出す行為を指しているようである。
タイトルどおり、一人の男が自分を犠牲にして世界を救う(と本人は思っている)話である。
とはいっても、ハリウッド的ヒーローによるヒーロー映画とは似ても似つかない、殆ど自己完結といっても良いほどのものであり、タルコフスキーっぽいと言うのだろうか、べちゃべちゃの地面に、小川のような水の流れ、そしてやたらと静かな雰囲気に包まれた映画であった。
この映画の前半はなんかよくわからんインテリ風の男がうだうだ言ってるだけで眠たくってしょうがなかったけど、ちょうど半分くらいの、男が祈り始めるところあたりから映画に引き込まれて目が離せなくなった。
映画自体のトーンは変わらないのに、がらりと変わったような気がするのは不思議と言えば不思議である。
最後のほうのシーンで彼が何をしようとしているのかに気づいた時から映画が終わるまで、じわじわ湧き上がってくるような静かな感動があった。うーん良い映画だった。
実はこの映画のように、世界は知らないままに何度も救われていたのだと思えば、未来は明るいかもしれない。と思った。

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