阿部和重 『アメリカの夜』

最近お気に入り小説家である阿部和重のデビュー作である『アメリカの夜』を読了。
自分は特別な存在ではないか?などと思い描く男を自分の分身として描写する男を描いた、ちょっと聞いた感じではややこしい話。
デビュー作のこの作品も、阿部和重の書く小説を特徴付ける(と思っている)共感も同情も出来ない痛々しい主人公と登場人物のみで構成されている。
人と違うこと自体に価値を認め、身の程を知らず、無根拠な自信に満ち溢れて無意味な映画などを撮ってみたりするアート系なるプチクリエイター達に囲まれた、無根拠に自分が特別な存在だと思い込む、他人と接触を求めない、文学に目覚めた勘違い系の痛い男が語る、小難しいだけで無内容に見える独白と見当外れな自己鍛錬の物語。
と書くと痛々しくて読んでられなさそうやけど、結構面白かった。


amazon ASIN-40620717381994年の出版当初は「自己探求の物語に新たな伝説が加わる。「近年読むに値する1冊」と絶賛の嵐。」などと言われたらしいけど、そう言われたんもなんとなく分る。
確かに今までに無いタイプの主人公やけど、現にそこらじゅうに溢れているような人物でもある。しかも時代の悪いところと中途半端なところだけを集めたのが何とも良い。
「とにかくおれは影響を受けやすい。まるでものまね人間だ」という所が個人的にツボ。
個に特有であると思われたものが実は時代的に共通なものであり、それを地に引き摺り下ろして笑いものにするのは何とも小気味よかった。
小説の登場人物をバカにする主人公をバカにして、その主人公を書いている著者をバカにして、その著者の書く小説というスタイルをバカにして、またそれを読む読者をバカにして…と、どんどんバカにする対象が連鎖してゆくのが彼のスタイルであると私は思うのだが、「アメリカの夜」なる内容と全く関係ない同名の映画がなぜタイトルになっているかが最後にわかる訳やけど、それも小説の持つもっともらしいタイトルのつけ方をバカにしているようにすら見えた。
この小説の主人公やら登場人物のような人間に全く関わりの無い人間は馬鹿馬鹿しいだけで全く面白くないだろうし、(多分そういう人はこの本を読まないだろう)
彼らのような人物にかかわりがある、もしくは自分自身が似ていると感じる人間にとっては、その主人公と主人公の周りにいるような人間を鼻で笑って生暖かく見守れ、かつ自分の中にあるそういう部分を否定的に見つめる事が出来て、この小説を本気に受け取らずにパロディーやらネタとして笑い飛ばせる人間でなければ腹が立つだけだろう。
そういう意味で、逆説的なクールさと俗っぽくて毒気の無い嫌味とあてつけと侮蔑と軽蔑に満ちたこの小説は、自分自身を軽く明るく笑い飛ばす為の小説であるといえるし、そういう意味で読者に対しての「教養小説」といえるだろう。(違うか??)

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