都筑卓司 『マックスウェルの悪魔』

amazon ASIN-4062573849著者の都筑卓司は入門書やら啓蒙書を多く書いている統計力学の研究者であるけど、読めばわかるとおり話も文章も面白く上手でしかもわかりやすい。
この本は初版が1970年発行と結構古く、今では名著とかベストセラーとか古典のような扱いであるようだ。
ブルーバックスということで一応科学に関する本なのやけど、出だしのプロローグから長屋のバラックだの母ちゃんのいない父子だのと、プロレタリア文学のような場末の路地の風景の描写から始まって結構びっくりしたし、また文中に登場する挿話も6,70年代風でかなりノスタルジックでいい感じ。
メインテーマは、熱力学の第二法則、エントロピー増大則を分子や原子の運動やエネルギー準位といったミクロな視点から統計力学的に説明するところにある。
総じてこの本の例えや話は面白くてわかりやすく、終始楽しく読めた。しかも読みやすさと面白さだけでなく、エントロピー増大という題材が良かった。
量子論や生態学から人生訓やら道徳律などをひねり出してしまうような、「それってどうよ?」な人が結構多いしそういう話を聞くのは笑えて結構好きなのだが、この熱力学の第二法則やエントロピー増大則、世のすべての事物は複雑さを増して行く方向に不可逆に流れて行くといった話はそういった見地からも魅力たっぷりである。


熱力学の第一法則、つまりはエネルギー保存則が保たれた状態で、温度は熱いものから冷たいものに自然と移動するといった熱の拡散、或いは、二つのものを混ぜるのは簡単やけど、混ざったものを分けるのは大変というような、世の中にあるすべての事物は複雑さを増す方向へ自然に不可逆的な流れをして、逆にそれらと逆行するような動きをする事はかなりエネルギーの要る仕事である。
しかしながら、我々の住む世界は、水に落としたインクが自然に混ざるようなエントロピー増大の力だけでなく、その力と外部からの磁力や重力などの何らかの力が拮抗した微妙な状態であり、空気が上空に行くほど薄くて地上に近いほど濃くなったり、または合金の作成と言ったエントロピー増大側に反するけど我々にはとてもありがたい現象が起こる世界でもあるというところが前半で説明される。
普通では全く見ることが出来ず想像の範囲外にあるミクロの世界で起こっている出来事をマクロな我々の世界の出来事で説明する手腕は素晴らしい。
気体が満たされた中央に仕切りがある部屋で、早い分子が右、遅い分子が左に行く時だけいつも閉じている仕切りの穴を開けて、「仕事や運動」をすることなく右の部屋の温度を上げ、左の部屋の温度を下げて反エントロピーを作り出す存在が思考実験で考え出され、それがタイトルの「マックスウェルの悪魔」となったわけやけど、後半で述べられる複雑性の爆発としてのエントロピー増大が、宇宙や世界の終焉や人間社会の崩壊を招くであろうと言う予言、そしてそれを食い止めて救えるのが「マックスウェルの悪魔」であるという所はちょっと科学の入門書を超えて面白かった。

コメントする

メールアドレスが公開されることはありません。

PAGE TOP