デヴィッド・リンチ ストレイト・ストーリー (1999/米=仏=英)
デヴィッド・リンチの「ストレイト・ストーリー」を観た。これは同監督の「ロスト・ハイウェイ」と「マルホランド・ドライブ」の間に作られたものやけど、それらの狂気と不条理の物語とも全く違う、ヒューマンドラマと位置づけられるものだった。
老いで体の自由が益々効き辛くなってきていることを感じた老人が、昔ちょっとした事で仲違いした兄が心臓発作で倒れたことを聞き、時速8キロのトラクターで500キロ離れた兄に会いに行くというもの。
老人の名前もタイトルどおりStraightで、物語りも目的地に向かって道をひたすらまっすぐ進む、全くひねりの無い、ジャケットの写真どおりストレートにほのぼのしたロードムービーである。
道すがらに出会う家出少女や自転車ロードレースのグループなどの人々との交流を織り交ぜながら、淡々と話は進む。
途中で会う「鹿が好きなのに、鹿ばかり轢いてしまう女」が唯一デヴィッド・リンチっぽいキャラクターであろうか。
全般的に彼の作品の登場人物は、見るからに如何にもヤバそうやったり、如何にも腑抜けっぽい顔をした人物などの「顔」で演技をしている人物が多いように思う。
この映画は全体を通してリンチらしさはあまりないように思うけど、このストレイト老人の表情の良さがこの映画を良いものにしているのは明らかであるし、そういう「顔」の力を存分に使っているという意味でこの映画もリンチ的なのかもしれない。
ピカソや岡本太郎などで思い出されるような抽象絵画で名を馳せた人物の描くデッサンが概して素晴らしいのと同様に、狂気と不条理と悪夢を描くこの監督のような人物のストレートな表現もとても素晴らしかった。
盛り上がりに盛り上がるタイプの映画ではなく、まったりゆっくりほっこりするような良い映画であった。
ストレイト老人を演じたリチャード・ファーンズワースは末期がんを患っており、この映画でアカデミー賞主演男優賞にノミネート中に短銃自殺で世を去ったらしい。というニュースは、ジャック・マイヨールが自殺で死んだのと同様の種類のショックを受けた。