ミュージアム 22 8月 2013 文化博物館「八重の桜展」はダークツーリズムではない 先日、文化博物館の「2013年NHK大河ドラマ 特別展 八重の桜」に行ったのだが、その時にずっと感じていた違和感が何だったのか、東浩紀編『チェルノブイリダークツーリズムガイド』読み始めて分かったような気がする。 展示そのものは 本展は、NHK大河ドラマ「八重の桜」と連動して、同時代の資料や新島八重ゆかりの品々を紹介します。戊辰戦争の敗戦から立ち上がる人々の姿を通して、復興へのメッセージを伝える展覧[…] 続きを読む
日記/雑記/妄談 21 8月 2013 時はまさに世紀末、淀んだ街角で僕らは出会った この日、学生の頃からいつも一緒に遊んでいた友人と喋っていて、まったく同じ共通の趣味というか外遊び的な傾向性があることを始めて知って驚いた。 十年以上の付き合いになるけど、我々の集まりが遊ぶときはいつも街の中だったからお互いにまったく気付かなかったのだ。 その間の我々の周りの大きな変化に引き換え、はたから見れば我々個人の小さな範囲だけはまったく変化していないように見えるけど、話していれば実はお互いだ[…] 続きを読む
本 20 8月 2013 さかなクンとスケベ心と悦ばしき知識 2つ前のエントリに、せめて遊ぶときくらいは目的や意味とか価値や意義を求めたくない。と言うようなことを書いたけど、何かしらの言動にすべからく「目的や意味とか価値や意義」を求めるのは「スケベ心」と言ってしまっていいように思う。 それは本を読むことも同じで、スケベ心を持つオッサンやオバハンになるほど、単純な興味や問題意識から本を選ぶのではなく、何かしらの目的を達成するための手段の一つとして本を手にとる事[…] 続きを読む
日記/雑記/妄談 19 8月 2013 なつやすみ最後の夜の花火 お盆休み最後の夜に公園でのんびりと花火をしたのだが、なつやすみ最後の夜にする花火は、これで「ハレ」が終わって「ケ」に戻るのだという感じが現れていてとてもよろしい。 「ケ」があるからこそ「ハレ」が「晴れ」と感じられるし、「ハレ」があるから「褻」を「ケ」として生きられる。そしてその二つの間には区切りが必要だ。 花火のように「ハレ」で自らを燃やし尽くし、燃え尽きて「ケ」に戻る事を繰り返すのは、死と再生で[…] 続きを読む
日記/雑記/妄談 18 8月 2013 本当に目的は必要か? 夏に外を歩いていると街路樹やら電柱やらのすぐ手の届くところにセミが止まっているところを見ることが多い。子供の頃は夏になると毎日網を持って出かけ、セミを見れば捕獲していたのだが、さすがにこのくらいのオッサンになると捕まえようとは思わない。 しかし、なぜオッサンになるとセミを捕まえる気にならないのか。と考えてみると。結局のところ「セミを捕まえてもしょうがない」というところになるのだろう。 とはいえ私が[…] 続きを読む
本 17 8月 2013 月村太郎著『民族紛争』/気が滅入る本 前日に『風の谷のナウシカ』を読んで気が滅入った。と書いたが、ここ最近で読んでいるだけで一番気が滅入る本がこれ、月村太郎著『民族紛争』だ。 ISBN-10: 4004314313 この本は、民族紛争を民族間の軍事介入やジェノサイドといった武力紛争として、収束や終結した別々のパターンを持つ6つの事例を例に、その経緯やそういった事例の解決方法についても考察してある。 この本の中に扱われている事例は現在進[…] 続きを読む
日記/雑記/妄談 16 8月 2013 部屋が腐海 部屋の掃除をしていたはずが、気づいたらずっと貸し出していて久しぶりに帰ってきた単行本版の『風の谷のナウシカ』を読んでいた。 映画版とは全然違う、人間は地球にとって害悪だってのを前提にしたひたすら重いテーマばかりで、読んでると気が滅入ってくる... という割には全巻一気に読んだのだがw読んでる途中は読み終わったら掃除しようと思っていたのに、シリアスすぎる物語のせいか、読み終えると自分の部屋が散らかっ[…] 続きを読む
日記/雑記/妄談 15 8月 2013 浴衣で自転車に乗る 最近特にこれといったイベントがなくても浴衣を着て遊びに行くことが多くなったけど、いつもはバスやら電車で移動するところを浴衣を尻からげして下駄で自転車に乗って出かけた。 なるべく乗りやすいようにと、ピストやロードでなくMTBにしたのだが、乗ってみるとちょっとパンツが見えるくらいで全く問題ない。 それに、歩いているだけではそれほど感じないけど、浴衣で自転車に乗っていると如何に浴衣が風通しが良くて涼しい[…] 続きを読む
日記/雑記/妄談 14 8月 2013 ありがたやありがたや 今まで、祝うべきことがあるから祝う人がいるのだという見方をしていたけど、実はそれは逆で、祝ってくれる人がいるからそれが祝うべきことになるのだ。と感じるようになった。 ということは、人が「ありがたい」と感じる事はそれがそもそもの最初から「ありがたい事」としてあるのではなく、それをありがたいと伝えることで「ありがたい事」になるということになる。 何かしらに対する祝いそのものが、それを祝われるべき事とし[…] 続きを読む
日記/雑記/妄談 13 8月 2013 ボクさかな ボクあこう、おととい海、 きのうはアラ炊き! きょうは塩焼き! なかま! ISBN-10: 4102060170 ISBN-10: 4003315812 ASIN: B000EWBUMQ […] 続きを読む