2020年10月28日

兵庫県立美術館「ミナ ペルホネン / 皆川明 つづく」/シュレディンガーのペルホネンと妖怪化けコート/あるいはアートの持つエネルギーについて。

みんな大好きミナペルホネン!(若干おやじギャグ)
ということで、先週の金曜に仕事を休んで兵庫県立美術館で開催されている特別展「ミナ ペルホネン / 皆川明 つづく」に行ってきた。

今年はコロナ禍ということでひたすら引きこもっていたので、最後にミュージアムや展覧会に行ったのはほぼ一年前の2019年11月はじめの京都文化博物館でやってた『みんなのミュシャ』展以来だった。(その様子のツイートはこちら。
毎週欠かさず録画して観ている日曜美術館で真夏にこの展覧会が紹介されており、それがとても面白かったのでぜひ行こうと思っていたのだが、新コロに加えて異様な暑さの夏だったのですぐには行く気にはなれず、ようやく涼しくなって来たこの週末に新コロちゃんにビクビクしながら神戸までお出かけしたのだった。

現在コロナ禍真っ盛りということで入場は予約制となっており、事前にローソンチケットとかで購入してから行く必要があった…はずなのだがしかし!現地についたらふつーにチケット売ってた。
仕事休んで平日に繰り出した私には全く意味がなかったけど、土日とかで人がいっぱいやった場合は予約してないと入れないとか?
しかし、平日にも関わらずお客さんは結構いたのでこれが土日やったら濃厚接触展覧会状態やったかもなのでこれで良かったのかもしれない。

展覧会の趣旨としてはファッションブランドの「ミナペルホネン」とその創業者でありデザイナーの皆川明の服やテキスタイルや服飾品づくりを貫く思想とかコンセプトとかストーリーを展示されている創業当時からの作品(商品)とともに紹介する。というところだろうか。
この「森 pieces of clothes」なる展示室は、時代の流行や時勢に左右されない普遍性を持った服作りを目指しているというコンセプトを表現したもので、ミナペルホネン25年の歴史の中で発表された新作を一つの部屋に時代を混ぜて並べてあり、広い部屋の壁面が素材も色もとりどりなワンピースやらツーピースやらで埋め尽くされている。
たしかにどれを見ても古臭くもないし妙に尖ってもいないし皆キレイで可愛くて素晴らしい。それになによりこうやって並べても一つとして埋没して個性がなくなるものがないというのも素晴らしい。
というよりも、もうこの部屋に入るだけでこの色と素材のデザインとテキスタイルの渦に圧倒される。たとえよく訓練された服好きであろうが、溢れてくるドーパミンを抑えることは無理でしょうな。


「種 ideas and study」と名付けられた展示室では、ミナペルホネンの歴史の中での色々な試みとアイデアを紹介している。
それは皆川明氏がフィンランドに旅した時に一目惚れして旅費のほとんどを使ってコートを購入したところから彼のブランドが始まったという。
ブランド名のminä perhonenがフィンランド語の「私」と「蝶」を指す言葉であることも、どこか北欧テイストなのもそういう事だったのですな。

そして、その彼の身に着けることで持ち主の個性や意図のようなものを体現したいという思いを一番表しているように見えた面白い物がこのkakurenboなるテキスタイルである。
これは購入者が各々そのブランドイメージである蝶の隠れている円部分を幾つか切り抜いて、初期状態を作り、気分によって、あるいは何かの記念に切り抜いてカスタムしてゆく作りになっている。
この服は工業的に生産される「product」でありながらも、身に着ける人が継続的に手を加えることでユニークなものになり、かつそこにストーリーが生まれるというわけである。

と、こんな感じに蝶を観測できる状態に変えてしまうことが存在そのものの在り方を変えてしまう。切り抜くまでは蝶の存在は存在と非存在がまじりあっているわけで、これはいわば「シュレディンガーのペルホネン」だー。とこれが言いたかっただけ。

超がつくほどのハイブランドのワンピースなどは一度のパーティーとかで着ることだけを目的に作られており、一度でもクリーニングすると色は落ちるは形は崩壊するわでエライことになる「何タイマーやねんそれー」みたいな感じだと聞くが、
ミナペルホネンのyuki-no-hiなるテキスタイルで作られたコートは袖や裾やポケット擦り切れると内側の黄色い色が見えて来るようにデザインされおり、何度も何度も洗濯して何十年も着続けるということを前提に作られている。
画像はその「yuki-no-hi」のテキスタイルと、袖が擦り切れて中の黄色が見えてきている様である。

ジーンズがいい感じに色落ちしたりほつれて来るのを「エイジング」とかいうけど、この場合はただ歳を重ねるだけでなく、育っているわけで「グローイング」とも言える。

そんな感じで長く着続けた服は着ていた人と歴史を刻み人とともに成長してゆくわけで、そんな服たちを服を買った人から借りてきてその思い出と共に紹介してあるのがこの展示室「土 memory of clothes」である。
こちらは撮影禁止の部屋だったので「日曜美術館」の映像で紹介するが、こんな感じに所有者の服とその思い出などが展示されているわけである。

一つ引用してみると

子どもの小学校の入学式、"friend"のワンピースを着て参列しました。
たくさんの友達に恵まれてほしいとの思い。期待と緊張の混じった我が子の幼い顔、真新しいランドセル。私の新しいワンピース。このワンピースを着るといつも、入学式の初心を思い出しました。
今春、中学校の入学式。私はまた"friend"のワンピースに袖を通しました。小学一年生だった子どもの姿が鮮明に思い出されて、可愛くて懐かしくてとても幸せな気持ちになりました。すっかり大きくなった子供の背中が眩しく見えました。そして、来春に控えた下の子の入学式も同じ思いでまた、このワンピースと共に子供の成長を見守りたいと思います。

どうよ?
これはエモい!エモすぎる!私くらいのおっさんになるともう読んでるだけでグッとくる。これはもう服というよりペットみたいな感じですな。何十年も大事に着続けられ、人の情念と感情を吸い続けたミナペルホネンのコートはもう化け猫のようなものである。
化け猫ならぬ化けコートであるからには夜な夜なタンスを抜け出して他のブランドのスカーフを食いちぎり、鞄に穴を開け、スーツのボタンをむしり取り、ワンピースの裏地を引っ剥がしたりしてるのかもしれない…

と、こんな感じでこの展覧会では皆川明氏の考える「物が記憶になる」や自らのブランドを指して言う「特別な日常服」のコンセプトが存分に感じられる良い展覧会だった。
手拭いコレクターである私であるから、展覧会に行って物販コーナーで手拭いがあると必ず買うようにしてるのだが、期待した通り手拭いも売っていたので思わず3つ買った。ちゃんとminä perhonenって書いてあるー

とにかくこの展覧会は会場全体が服とか鞄とか小物とかデザイン画で埋め尽くされており、もう服好きにはたまらん展覧会だろう。一年ぶりの展覧会という事もあり余りにも楽しすぎて3時間以上いた。おまけに久しぶりにブログまで書いたのだ。

去年、京都国立近代美術館で開催されてた「ドレス・コード?―着る人たちのゲーム」展に行ったときにも思ったことだけど、(その様子は こちら こちら)
服とかファッション系の展覧会がこんなにもワクワクするのは絵やインスタレーションや写真のように、対象として目で見て頭で処理するアートなのではなく、自分が身につけたり履いたりするものだという前提の身体性に基づいたアートだからのような気がする。
どこか遊びに行く時に何着てどの靴履いて行こうか悩むのが楽しい。などと思う人にとっては服なる存在そのものにそんな感じの高揚感が内在されていることになるんじゃないだろうか。
しかし、逆に考えれば前提された身体性を根拠とせずに知覚器官と頭だけで我々の存在全体を揺すぶるようなアートは本当にすごいエネルギーを持ってるってことになるわけだ。

アートは不要不急やとか言うてる奴は反省しろー!!

2018年3月8日

地元スーパーが好き

旅先のスーパーマーケットに行くのが好きだ。

豚ソーキ、イカ墨、てんぷら各種、グルクン唐揚げ、作り立て島豆腐各種に加え、この地域独特のヒートゥーが並ぶ名護のスーパーが大好きだ。

直島から帰ってきた後の高松では「かっぱえびせん瀬戸内レモン」「ワイン瀬戸の百景」とかキラキラしたものが目につくし、

西成のあいりん地区の「おかゆ」「鰻たれごはん」にそこに住む人々の現実を垣間見たような気になる。

金沢の石川さんパンや明洞のポケモン菓子パンではクスッとしたりもするし、

伊勢の伊勢うどん

松本のニジマス唐揚げ

徳島の阿波彩鶏

広島の赤ヘルサンライズ

もう、スーパに売ってるものだけで何処か判ったりするくらい。

台北のテラピアとソウギョ、伊勢の伊勢ぶりに鳥羽の生めひび、徳島のシラサエビ、沖縄のグルクンとイラブチャーとグルクマにシチューマチ、そして松本のアマゴとイワナと、鮮魚コーナーはちょっとした水族館だー

観光地にある観光客ばかりの食べ物屋さんで観光客向けの料理を食べるよりも、地元庶民のゆくローカルスーパーで売られている食べ物を眺めている方がはるかにその土地を感じることができるような気がする。

2016年9月8日

世界の巨匠たちが子どもだったころ@京都伊勢丹美術館えき

「終わりそうな展覧会の感想を書くシリーズ」今回は京都伊勢丹美術館えきで開催されている「世界の巨匠たちが子どもだったころ」についてだー

内容はタイトルの通り日本から世界までの巨匠と呼ばれる画家やデザイナーの10代の頃の作品ばかりを集めた展覧会である。
展示品はいろいろな博物館美術館から借りてきたのではなく、愛知の「おかざき世界子ども美術博物館」がこの趣旨で集めたコレクションをそのまま持ってきただけであったけど、この展覧会は巡回展ではなくこの「京都伊勢丹美術館えき」だけで開催されているようで、やるなー伊勢丹という感じである。
過去に観る前はそれほど興味がなかった北澤美術館のガレとドームのガラス食器とか、ウフィツィ美術館の自画像コレクションを現地ではない京都だったり大阪だったりで観て大好きになったりしたけど、個性のあるコレクションを現地まで行かずに鑑賞できる方向性の企画展は大好きである。

で、展覧会の内容についてであるけど、結局この展覧会に来る人の一番の興味は「巨匠は子供の頃から巨匠なのか?」に尽きるのではないかと思う。
画像にあるピカソの14歳のデッサンとかはおおーっ!と圧倒されるし、16歳の平山郁夫が描いた虎とかも渋すぎて笑えるくらいに子供の頃から巨匠感満開であるけど、そうでない子供っぽい絵も多く、この展覧会を観た私の「巨匠は子供の頃から巨匠なのか?」に対する結論は「人による」という身も蓋もないものであった…

とはいえ、どの巨匠の子供の頃の絵も技術的な部分とは別に、巨匠と呼ばれるような、心を揺さぶられたり衝撃を与えらたれたりするほどの絵かといえばそうではなかった。
圧倒的な筆力のピカソのデッサンやエゴン・シーレが描いた姉の絵や平山郁夫の虎よりも、それよりも遥かに簡素に書かれたキュビズム的な絵や自分の醜さを書いた自画像や、シルクロードの風景の絵のほうが遥かに迫ってくるものがある。
当たり前といえば当たり前であるけど、巨匠が巨匠であるのは絵の上の技術でも力でもなくまた別の、書かれた絵の先だったり奥だったりするその人間そのものに由来する何かだと改めて思った。

人間は生きていれば進化したり退化したり伸びたり縮んだりするわけであるけど、オッサンになって思うのはこのくらいの歳になると、生まれた環境とか子供の頃に何をしていたとかいった系統的な要素はほとんど関係なく、どう生きて何を自分で学んだかという個体レベルの差が大きくなるとつくづく思う。
子供だったり若かった頃に感じた系統差のようなものはオッサンになると殆どなくなって個体差しかなくなってくるように思う。
私ももう私が只の人間であるとこの先や奥のほうで何かしら成長して、「ドグー」から「ドグリュー」くらいに進化すると良いな~

で、そんな「世界の巨匠たちが子どもだったころ」点は京都伊勢丹美術館「えき」で2016年9/11までだ~急げ~

2016年8月23日

「岡崎京子展 戦場のガールズ・ライフ」@伊丹市立美術館 岡崎京子とニーチェとバタイユとフェミニズム

伊丹市立美術館で開催されている「岡崎京子展 戦場のガールズ・ライフ」に行ってきた。

結構マイナーな展覧会らしくあまり情報がなく、この春に世田谷文学館で開催されてから、夏に私の行った伊丹市立美術館と冬に福岡県で開催されるだけであるようである。

この展覧会では岡崎京子がまだ子供時代だった頃に戯れに描いたイラストから、学生時代に掲載された作品に始まり、書籍化されている代表作の原画だけではなく、単行本化されていない原稿やファッション誌から情報誌からサブカル誌からロリコン漫画誌までありとあらゆるメディアに載ったマンガや文章といったものも展示されていてその情報量は膨大だった。
岡崎京子の生い立ちから作品群やその時代背景や解釈や文化的ポジションまでを網羅する、岡崎京子を知らない人にも楽しめるような構成でありつつも、ごく最近に出た数冊を除いて岡崎京子の書籍化されたほぼすべての作品を読んだ私のような密かな岡崎京子ファンにも十分満足できる良い企画展だった。

展覧会そのものは大きく4セクションに分けての展示がなされており、それぞれ、
SCENE1が「東京ガールズ、ブラボー!!」
SCENE2が「愛と資本主義」
SCENE3が「平坦な戦場」
そしてSCENE4が「女のケモノ道」
というテーマになっている。
一見時系列で彼女の作品群を区切ってテーマ分けしているように見えて、実は発表された時代ではなく内容によって区切られおり、なるほど見事な起承転結のこのテーマ区分とセクション分けそのものが一つの岡崎京子解釈だなぁという気がする。
サブタイトルとなっている「戦場のガールズ・ライフ」、これこそを岡崎京子が描こうとしていたものとして見るスタンスだな。

SCENE1でブランドや飲食店や音楽などの固有名詞が飛びかう会話を交わしながら軽く生き抜く様を描く『東京ガールズ、ブラボー!!』で情報過多で欲望に翻弄される都市生活を営む少女の日常を描き、
SCENE2と同じ「愛と資本主義」がテーマの「マンガが文学になった」とまで言われた『pink』で描かれる、食費のかかるワニを買い、大好きなピンク色のものを買い漁るために昼はOL夜はホテトル嬢という生活を楽しく営む女子は、資本主義社会に属しながらも何処か違う形で組み込まれることでささやかな違和感を表現しているように見える。
SCENE3ではバブル経済が崩壊した不穏な社会情勢の中で、ゲイである自分と世界に折り合いを付けることのできない少年と、過食嘔吐を繰り返しながらモデルとして活動している少女と、どこにでもいそうな平凡だけどそれなりの不安と問題と葛藤を抱え込んでいる少女の三人が河川敷に打ち捨てられた人の死体を眺めることで精神的安定を保つ様を描く『リバーズ・エッジ』を「平坦な戦場」と表現し、
そして、SCENE4ではそんな女子達が歩く「女のケモノ道」が描かれる。
全身を整形してサイボーグのように完璧なルックスでもって芸能界をサバイバルしようとする「りりこ」の物語『ヘルター・スケーター』のようなアグレッシブな路線だけでなく、
一方で時代的にはpinkと同時代に発売された、仲良し女子3人組の面白おかしく語られる会話のみが描かれる『くちびるから散弾銃』の限りなくソフトで軽い路線ももこのセクションに入っていて感心する。

岡崎漫画に登場する主人公は大抵誰も魅力的で美しいけど、そこに出てくる男性はほとんど例外なく魅力が無いと言い切ってしまっていいと思う。
彼女の描く女子は恋をしたり男を利用したりしつつも、彼女の描く物語の根本のところで男性は必要とされておらず不在であるように思える。
そういう意味で言えばこの展覧会での岡崎京子の描く「女のケモノ道」や「戦場のガールズ・ライフ」はフェミニズムのひとつのあり方であると捉えることができるかもしれない。

彼女の作品群は映画、小説、音楽、現代思想からの引用が多い。
かと言って彼女の登場する人物がそういった傾向を持つのかといえばそれは全く逆である。
登場する人物は基本的に何かに熱中することがなく、何かを創造したり何かを解決したり何かを考えたりはしない。
スポーツや創作活動や何かしらの「道」に邁進することももなく、過食嘔吐だろうがLBGTだろうが家族の不和だろうがそれらに向き合ったり折り合いをつけたりせず、それらについて深く思考する素振りすら見せない。
みんななにかしらちょっとした悩みと違和感を抱えながらも何も考えずただ消費者原理に首まで浸かり欲望のままに流されてゆくだけだ。
彼ら思考する主体ではない消費活動だけを行う登場人物から浮かび上がってくる現実のその様がリアルに感じられとても素晴らしいのだ。
ただの小難しい文学かぶれの漫画と彼女の漫画が根本的に違うのはこの部分にあるように思う。

そして彼女の作品にはその文学性に相応しい美がある。
今まであまり触れられることも言及されることもなかったけど、
ある男が好きでたまらない女子大学生がが体の関係だけでいいからとその男子に迫り、夏休みに一週間彼の性的な奴隷にまでなって結果的にフラレてしまう『私は貴兄のオモチャなの』という作品が私は大好きだ。(ちなみにこの展覧会ではこの『私は貴兄のオモチャなの』の主人公星子がステッカーになっていてとてもびっくりした。)
若いころの恋愛のあまりにも極端な形が、男性側でなく女性側の目線で描かれていることで、オッサンである私は過去に身近に接していながらも決して理解できなかった世界の一端に触れたような気になった。
最後の1日で恋人として付き合うことを諦める代わりに公園でデートして船に乗るシーンはポランスキーの「テス」を思わせるし、
そして何事もなかったように家に帰ったあとの日常の一コマを描いたこの物語の最後の方のシーンもとても美しい。

若さゆえの奇跡の美しさをただ無闇に消尽させる様はまるでバタイユではないか。
このバタイユ的な美しさこそが岡崎京子本質ではないだろうか。

ストーリーとしてはブラックで醜くて重たいものであるけど、全体としてとても軽いトーンで貫かれている。
変に問題提起も告発も暴露もせずただ淡々何も起こっていないようにすら見える。この軽やかさが岡崎京子の持ち味だ。

全てを賭けた恋に絶望的に破れ、体も心も文字通りボロボロになって生還したものの、結局何も成就されず解決されなかった物語のラストとしては、
この最後のページはあまりに軽やかだ。

岡崎京子は

「いつも一人の女の子のことを書こうと思っている。
いつも、たった一人の。一人ぼっちの。一人の女の子の落ちかたというものを。」

と書いている。

一方でニーチェはツァラトストラにこう語らせている。

「人間において愛しうる点は、かれが過渡であり、没落であるということである。」
「わたしは愛する、没落する者として生きるほかには、生きるすべをもたない者たちを。それはかなたを目ざして超えてゆく者だからである。わたしは愛する、大いなる軽蔑者を。かれは大いなる尊敬者であり、かなたの岸への憧れの矢であるからだ。わたしは愛する、没落し、身をささげる根拠を、わざわざ星空のかなたに求めることをせず、いつの日か大地が超人のものとなるように、大地に身をささげる者を。」

まさに岡崎京子に登場するキャラクターのことではないか。
岡崎京子作品は、ニーチェ目線でバタイユ的な美を描いているのだ!

と話が大げさになってきた所で今日のブログは終わり。
無闇に長い上に、「岡崎京子展」じゃなくって「岡崎京子」の話になったな…

ということで、展覧会後のお昼に近くで食べたパスタとピザが美味しかった。

あまりに熱中しすぎて昼前に入ったのに出てきた頃にはとっくにランチタイムが終わっている程の充実した展覧会、
「岡崎京子展 戦場のガールズ・ライフ」@伊丹市立美術館 は9月11日(日)までだ。急げ~

 

2016年8月22日

京都市美術館の「ダリ展」と京都文化博物館の「ダリ版画展」、そして京都国立近代美術館

先日、京都市美術館で開催されている「ダリ展」、その向かいの京都国立近代美術館のコレクション展、そして京都文化博物館の「ダリ版画展」と3つの展覧会をはしごしてきた。

サルバトール・ダリなる人物は生まれつきの天才で、奇人で独創的なシュールリアリズムの画家というイメージがある。
しかし、若いころはモネ風な印象派だったりピカソ風キュビズムだったり、マティス風フォービズムっぽい絵を描いたりしていたし、彼が自身のスタイルを確立してからもシュールリアリスム的モチーフの主な源泉だった夢を記録するために、椅子の背にスプーンを置いて寝て、寝入りそうになるとスプーンが落ちて目が覚める。という涙ぐましい努力を密かに行っており、根っからの先天的な天才というよりはある程度作られた部分があるように思う。
彼自身も「天才になるには天才のふりをすればいい」という言葉を残しているくらいだ。

彼の「いかにもダリ」という作風が芽生え始めるのは彼の生涯の伴侶となったガラと出会ってからで、後の彼の「奇人ダリ」という一つの世界を、作品からキャラクターから言動までのすべてをプロデュースしてコントロールしていたのはダリ自身ではなく、彼のミューズであり支配者でもあったガラだという話は有名だ。
ダリよりも10歳年上だったガラはずっとダリの妻でプロデューサーでありつつも堂々と若い芸術家の恋人たちを複数人面倒を見て、一方のダリも晩年にはガラ公認のアマンダ・リアなる40歳年下の恋人がいた。
一般的には少し歪んだ夫婦関係に見えるけど、それでもガラの死後のダリが創作活動を拒否して閉じこもり後を追うように死んでしまったくらいで、お互いはお互いを生涯特別な存在として愛し添い遂げたことだけは間違いない。

で、京都市美術館の「ダリ展」について、

彼の生涯にわたっての作品を網羅的に扱うこの展示会ではそのダリとガラの関係を突っ込んで考察したり解説してあるかと期待したのだが全然そうではなかった。
ガラに関しては1つのコーナが設けてあったのだが、結局「ガラは彼にとってミューズでありプロデューサーであった」みたいな、そんな知っとるわー的なことばかりで、結局ダリにとってのガラの魅力とか、ダリはどんな影響をガラから受けたのか、そんな事は全然わからず仕舞いだった。

そういえば、以前、フランスの画家バルテュスが45歳の時に人里離れた城館で15歳の恋人の少女と2人だけでほとんどだれとも合わずに8年間暮らし、その間はほとんど田園風景とその少女の絵しか書かなかった事実を同じく京都市美術館でやってた「バルテュス展」で完全スルーされていた事を書いたことがあった。
→「バルテュスを通してロリコンと美を考える

こんな感じのでっかい美術館での大規模展覧会では無難なところはオブラートとどころか完全スルーされる傾向があるなー

この展覧会で私が一番「おおっ!」と思ったのは「不思議の国のアリスの挿絵」だろうか。
19世紀末から現在に至るまでの芸術家の多くがそうであるように、ダリも純粋芸術たる絵画だけでなく、商業デザインから舞台演出から建築から本の挿絵に至るまで実に様々なジャンルに関わっており、その「不思議の国のアリスの挿絵」もそんな中の1つだ。

しかし挿絵と言いつつも前もって知っていなければ「不思議の国のアリス」とは分からないダリっぷり、ダリは何を描いてもダリでしかない。
その扉絵1枚と挿絵12枚のどれもがシュールなのだが、注目すべきはこの1枚「狂気のティーパーティー」だ。


この挿絵に描かれている蝶が実際に存在する蝶であることは昆虫好きな人から見れば一目瞭然だろう。
この蝶のほかにもほかの挿絵に登場するナナフシだのカミキリムシだの昆虫だけが妙に写実的なリアルさを持っているのが変に印象に残る。
蝶の模様といえばいかにもシュールにデザインできそうなものだけど、模様を考えるのが大変だから図鑑なり写真ををそのまま写したんじゃないかという気がしないでもない。
このあまり写実的な絵が、ダリにすれば逆にあまりに適当すぎるようで笑った。

で、そんなダリの挿絵やらなんやらの版画に特化した京都文化博物館の「ダリ版画展」である。

このパンフレットの蝶がすでに不思議の国のアリスの挿絵と同じく写実そのものでちょっと笑ってしまうけど、絵ではなくコラージュなのであまり違和感はない。
京都市美術館がかなりの人出だったのに引き換え、この版画展は人も少なくて心地よかったし、網羅的な「ダリ展」に引き換え、円熟期以降の「版画」に絞ったこの展覧会はテーマが明確でその分内容も濃かったように思う。
例のごとく言われなければそうとはわからないダンテ『神曲』の挿絵も、「実は神曲を読んだことがない」と5年後にダリが告白していると解説したり、日本の民話につけた挿絵を「明らかに内容と関係ない」と解説したりなかなか可笑しかった。

『神曲』は読んだことがなくてもそれらしくイメージして適当な挿絵を描けるような気がするけど、昔話の「花咲か爺さん」の挿絵でシュールなドラゴンらしき生物とシュールな馬らしきものに乗ったナイトらしきものが戦っているのには笑った。いやいや、絶対そんなん出て来んしね。
「昔話言うたらドラゴンと騎士やろー」的な安直な発想が透けて見えるようである。
本文を全部読まずに評論を描いたり、映画を見ずに解説したりするという話はよく聞くけど、本文を読まずに挿絵を描いてしまうダリの天才っぷりは素晴らしい!
いろいろな方向にぶっ飛んだダリの芸術性だけでなく、適当さだとかお茶目さも伝わってくるような展覧会だったと思う。

そして、その2つの間の展覧会の間に京都市美術館の向かいの京都国立近代美術館の常設展に寄ってきた。
去年に所蔵したというクリムト、ココシュカ、そしてエゴン・シーレの素描やら版画で構成された「ウィーン世紀末のグラフィック」コレクションが目当てだったけど、展示自体がとても少なく、それよりもマネキンを使った作品群の「キュレトリアル・スタディズ11: 七彩に集った作家たち」がとても面白かったし、ミュージアムカフェの甘々トーストもおいしかった。
やっぱり私は現代アートが好きなんだなと。そしてもうダリはもうすでに古典なんだなーと思ったのであった。

 

 

  

2015年10月27日

大原美術館再訪/熊谷守一と地獄変/下手も人生のうち

先週の末に友人たちと倉敷に行って来た。
友人たちはレンタルサイクルを借りて、いわゆる「美観地区」をぐるぐる巡るスタンプラリーのような事をやっていたのだが、私は独りでほとんどずっと大原美術館にいた。

二年前に行った時は時間的に制約があったので思う存分堪能したとは言い難く、大原美術館はええとこやーという事だけがわかった状態だったけど、今回は好きなペースで心ゆくまで大原美術館を堪能できたように思う。
週末だけあって大原美術館周辺は観光客でごった返していたけど、美術館内は人もまばらでとても心地良かった。

前回一番衝撃を受けたのは熊谷守一の「陽の死んだ日」だったけど、今回もその衝撃は変わらなかった。

実物を目の前にして盛り上ったり叩きつけられたりしている油絵の具の流れを見ていると、ただただ圧倒的な激情のようなものが湧き上がってくるように感じられる。

なぜか絵を描けず収入が途絶え、妻が絵を描いてくださいと懇願する中、絵をかけないまま次男の陽を医者に掛からせることも出来ずに死なせてしまった彼は、幼くして死んだ息子の枕元で突然絵筆を手にとって30分ほどでこの絵を描いてしまったらしい。
我が息子が死にそうになっているのに、その息子を救うために絵を描けなかった彼が、その息子の死を題材にして絵を描いたわけである。

この絵を見る人は彼の画家としての業の深さのようなものを目の当たりにすると同時に、その業の深い絵に対して圧倒的な感動を覚えている自分に気付くのである。
そして、絵を描いた彼だけでなく、彼同様に自分の中にもある、そして人間存在一般の中にある業の深さのようなものに目を向けることになるのだ。

陽を失ってから25年後、彼が67歳になった時、彼は次男だけでなく長女の「萬」も失い、その火葬の後に家に帰る様子を「ヤキバノカエリ」という絵に描いている。

抉り取られるような痛みと激情があふれるような「陽の死んだ日」に比べると、圧倒的に静かな喪失感のようなものが感じられるけど、
それでも淡くてコントラストの低い世界の中で長女のお骨とそのお骨を持つ長男の明暗の差はやはり「陽の死んだ日」に通じるものがあるように思う。

若い頃は「野獣派」にカテゴライズされる「陽の死んだ日」のような絵を描いていた彼は、やがて「ヤキバノカエリ」のようなシンプルな絵を描き始め、晩年はひたすら庭の虫や花を題材に殆ど子どもの書くような絵になっていった。
彼は、上手であるという事は先が見えていて行き先も分かってしまうけど、下手であることはどうなるか分からないしスケールが大きい。という意味のことをインタビューで答えていた。
そして常々「上手い絵を書こうとは思わない」と言っていたとおり、晩年の彼の絵は自らの絵を「下手も絵のうち」と表現するほどに極限までシンプルに削り取ってゆくわけである。

考えてみれば、絵を描くことしか出来なかった彼が絵を描くことが出来ずに子どもを死なせてしまい、殆ど画壇に属さずアウトサイダーであり続け、誰から見ても野心も競争心も虚栄心も感じられず、やっと晩年に認められながらも文化勲章も勲三等も辞退するという、とても不器用な生き方しか出来なかった。
彼の生き方は上手く立ち回った他の画家たちに比べてとても下手だったといえるだろう。
後に彼は「仙人」と呼ばれるような隠遁者のような静かな生活を手に入れて晩年をすごすわけであるが、
彼が目指した「下手も絵のうち」の画風は自らの下手な生き方を「下手も人生のうち」として肯定する1つの試みであった。とも言えるかもしれない。

芥川龍之介の短編に、画家が地獄絵図の屏風絵を完成させるために溺愛していた我が娘が牛車に乗ったまま焼け死ぬ様を描く『地獄変』なる物語がある。
その画家良秀は絵を完成させた後に自ら死を選ぶわけだけど、
同じく何も出来ずに死なせてしまった子どもたちを描いた熊谷守一は97歳まで生きて天寿を全うした。
彼が自ら背負った業に押しつぶされることなく、また決して自らその業を自分もろとも投げ捨ててしまうことなく「下手も人生のうち」として人生を生き抜いたところに彼の偉大さがあるように思う。

このエントリーを書くために熊谷守一の事をネットで調べていたのだが、色々な切り口はあれど、ある程度方向性は同じものが多い中、
1つのビジネス雑誌系のサイトで「長生きするってすごい!97歳まで生きて、最後まで裸婦を描く」というあまりにも脂ぎったタイトルで他のものとはまったく違う毛色で熊谷守一のことを紹介している記事があってとても驚いた。
アカウントを取得してログインすると続きを読めるタイプの記事だったので続きは全く読んでいないけど、なんとなくどういう読者層に対するどういう記事なのかは予測できるような気がする。
そんなもんわざわざ熊谷守一なんかを紹介するんじゃなくってアンチャン藤田嗣治でも特集した方がええんちがうか?

なんというか、人は自分の理解したいようにしか他人を理解しないというのがつくづく分かった。
たぶん私も熊谷守一のことを自分の理解したいようにしているのだろうな。そして色々な人も同様に。

  

2015年10月12日

マグリット展@京都市美術館 / 世界の綻びを押さえる

終わってしまった展覧会の感想を書くシリーズ、今回は今日で京都市美術館での会期が終了してしまった「マグリット展」だー

マグリット展

ルネ・マグリットは20世紀初頭に(正確には1898年やけど)ベルギーに生まれた、向精神薬の販促ポスターのような絵でお馴染みの、いわゆるシュールレアリスムに分類される画家である。

 

 
まぁこんな感じで、観ていると、何時も過ごしている日常が実は見えないところで歪んできているような、なんだか自分の日常の恒常性の土台が緩んでくるような不安が這い登ってくる気がする。
単に常識と知覚の裏をかくような騙し絵的な面白さだけでなく、そこに張り詰めたような不安と脆さと不安定さが同居するところがジワジワ来るわけですな。

こんな絵を描くマグリットであるけど、当然最初からこういう絵を描いていたわけではなく、当初はグラフィックデザイナーやポスターといったイラストレータ的な仕事をしていた。
彼がシュールレアリスムに転じたのは、キリコの「愛の歌」を見て衝撃を受け「キリコはどのようにして描くかではなく、なにを描くかについて理解している画家だ」とか言ったのがきっかけであるらしい。
極端に一般化して言うと、それまでの絵画、つまり、まず聖であったり美であったり恐怖であったり醜であるといったようなテーマとしてすでに決定されている何らかの対象を「どのように描くか」で勝負する描き方から、マグリットは「なにを描くか」ということそのものをテーマとする方向に転換したともいえるわけである。

で、そういうマグリットは一体なにを描いていたのか?
かなりうろ覚えやけどこの展覧会の解説で、マグリットの言葉として、私にとって絵とは常に世界から問われ続けている問題に対するひとつの回答の提示である。たとえばリンゴ、椅子、空、などが常にその存在の意味を強く私に問いかけてくるのだ。というような意味のことが書いてあった。
普段我々は日常的に暮らしている世界で、マグリットのようにリンゴやら椅子やら空に意味を捜したりすることなんかほとんど無いし、ましてやそれらからその存在の意味を問われたりすることなど無いだろう。
自分に関わるあらゆることに意味を求めだすという状態は、どちらかというと統合失調症的な状態、たとえば目の前を横切る車のナンバープレートの数字に、テレビのニュースに、今日の天気に、何か大きなものから自分に対するメッセージや意図やほのめかしを見出そうとするような状況に近いように思う。
実際に「目に映るすべてのものはメッセージ」という状況を想像してみるとメッセージを受け取るだけで精一杯で、世界に安らぎなんか無いような気がしてきますな。

これはマグリットがどういう風に世界を捉えていたのか、そして何を描こうとしていたのかという一端をとても表しているように思える。
マグリットにとって世界は常に自分にその存在の意味を問いかける場であり、彼は絵を描くことでその問いに答え続けてきた。とも言えるわけで、
彼は生涯を一銀行員として、幼馴染の妻と添い遂げて過ごし、待ち合わせの時間には遅れずに現われ、夜10時には就寝し、絵の創作についてもアトリエを持たず食堂で行い、決して服を汚したり床に絵具をこぼしたりすることはなく、「芸術家」でイメージされるのと正反対の可能な限りの几帳面さを維持しつつ慎ましく生活していたわけだけど、一方で彼は13歳の時に母を入水自殺で失うという経験もしている。
端的に言って、彼が可能な限りの秩序と幸せを維持して生きていた世界は、一方で母が突然自殺してしまうような世界でもあるわけである。

彼が、美しく平穏に秩序だって見える世界が実は裏を返せば混沌と不条理に満ちており、ちょっと油断すればそんなものが世界の裂け目から噴出してくるのではないかといったような印象を持っても当然であるように思えるし、彼が秩序と理解の彼方を行く世界を描きつつ、実際の彼は完全なる秩序を保った暮らしをしていたという事実は、彼は彼なりに世界の秩序を維持しようと努力していたような印象すら受ける。

言うまでもなく、いくら世界が美しく秩序だって平穏に見えたとしても、その背後に醜くて混沌とした不条理の世界が表裏の関係のように隠れているのだろう。
そんな世界の中でマグリットが彼なりの戦いを繰り広げていた事が分かるような気がするし、彼は世界という見えない敵と戦いながら、その謎を暴露しつつ、そしてその綻びを必死に押さえていたのかもしれない。

この展覧会には彼の描いた実にさまざまなシュールレアリスム的な絵が沢山あったけど、私はこの「出現」という絵が一番グッと来た。
彼が良く描く「青空」の世界を表、あるいは日常の側だとしたら、このカラフルな鎖が浮かぶ暗雲立ち込める世界は一体どこなのだろう?そして何が「出現」しているのだろう?

見ているとなんかこう胸を締め付けられるような感じがしますな。

  

2015年10月6日

ベートヴェンの「嘆きの歌」はチープであることに意味がある。

先日手足口病になってとても苦しかったと言う話を書いたけど、やっと回復して普通の状態に戻ったなと思ったら気管支炎になった。

寝転ぶと痰が詰まって息が出来ないので寝ることが出来ず、辛いのに寝ることが出来ないというかなりきつい状況。
そして少しでも動くと呼吸量が増えて息苦しくてたまらないので、座ってゆっくり息をしている以外に何も出来なかった。
もう殆ど強いられた座禅みたいなものである。
二日目になってちょっと楽になったものの、やっぱり動くと辛いので座っていることしか出来ず週末の土日は二日間ほとんど寝ずに古い本を読みまくった。

以前読んだはずの村上春樹 『約束された場所で―underground 2 』でインタビューされているオウム信者に胸が痛くなるほどの親近感を抱き、長野まゆみ『テレビジョン・シティ 』で本当に本当に胸が痛くなった。

ここ最近、というかかなり前から余り昔のことを思い出すことなんかなかったけど、睡眠と呼吸が苦しい状況で昔の本を読んでいると、その本を読んでいた時の昔の感覚がよみがえって来る。
殆ど人生を諦めかけた瞬間に何かの拍子でふと浮かび上がったものの、まだその幸運が信じられずその諦めの残滓が残っているような、そんなあの感覚だ。

大抵の人がそうであるように、私にとっても特定の音楽や本はある特定の場所や状況や人に密接に関連付けられており、呼吸困難と寝不足といった肉体的に追い込まれた状態で読んだ昔の本がそんな感覚を呼び戻したのだろう。
半ばそんな感覚の残ったままで、ちょうどそんな時代に私が大好きになり、それから今までずっと世の中で最も美しいもののひとつだと思い続けているベートヴェンのピアノソナタの31番と32番を、今日は真正面から没頭してひたすら聴いていた。こんなに必死に没頭して音楽を聴いたのは本当に久しぶりだ。

ちょっと細かい話になるけど、この31番の第三楽章の冒頭の後とフーガーの後にワーグナーに絶賛されたという、いわゆる「嘆きの歌」と呼ばれる旋律の部分があるのだが、全体としての同曲の余りの美しさに引き換え、この部分は余りにも感情的で大げさ過ぎてチープに感じられて、昔から「嘆きの歌がなければ完璧なのに」などと思っていた。
しかし、今日改めてじっくり聞いた時に、これは逆にこう「チープでありきたり」であるからこそ意味があるのだとふと思った。
本人にとってどれだけ絶望的な嘆きであったとしても、それをはたから見れば大抵は感情的でチープでありきたりな物語にしか見えないものだ。
我々にとってそれがどれだけの嘆きであったとしても、それは全体としてチープでどこにでもあるような嘆きでしかない。
それは自分自身から特殊性や特別性を奪うものであるかもしれないけど、更に突き抜けてしまえばひとつの救いになるかもしれない。

そう考えると今まで気に入らなかった「嘆きの歌」がとても愛おしいものに感じられる。25年ほどこの曲を聴き続けているけど、今になって捉え方がガラッと変わるとは自分でもびっくりである。

この31番と32番はあらゆる辛酸を舐め苦しみぬいた晩年のベートーヴェンが若いころのように運命や苦悩に対峙して抗ったり反抗せず、自分のあらゆる状態を受け入れて昇華してしまうような美しさがある、というような感じの事を一般的には言われるわけであるけど、そんなベートーベンの苦悩ですらチープでありきたりのものであるならば、我々のものなどいかほどのものであろうか。
とそんなことを思った病み上がりの月曜日であった。

2014年11月19日

奇想天外! 浮世絵師 歌川国芳の世界@京都伊勢丹/pop! rock! kawaii!!

「すでに終わってしまった展覧会の感想を書くシリーズ」、今回はあと一週間ほどで終わってしまう、JR京都伊勢丹の「美術館 えき」で開催されている「奇想天外! 浮世絵師 歌川国芳の世界」についてだーっ!

この展覧会は歌川国芳の美人画、風景画、武者絵、動物絵、肉筆画による掛け軸など、あらゆるジャンルの作品を集めたものである。

浮世絵が江戸で流行っていた当時は世界的に市民階級が力を伸ばしていた時代であり、「芸術」は貴族や王などの権力に仕えるものではなく、力を持ち始めた市民階級のものとなりつつあったわけであるけど、当時のユーゲント・シュティールやアール・ヌーヴォと同じように浮世絵も当時の時代の最先端であり、国家権力ではなく町人に多大な人気を得ていた。
そういう意味で浮世絵は今で言えば「権力に仕える芸術」ではなく「市民に愛されるアート」であり、流行の最先端で消費され続ける「ポップ」なものであった。
そんな浮世絵は贅沢を禁じた天保の改革によって弾圧され、贅沢品とみなされたり風紀を乱す恐れがあるとされたものはことごとく規制された。
春画はもちろんの事、娯楽性が高いと言う名目で歌舞伎や寄席が禁止された影響で美人画や役者絵まで禁止されたが、当時の絵師たちは様々な方法でその規制をかいくぐり作品を発表し続けた。

歌川国芳は浮世絵師の中でも、様々なジャンルの絵を描いた人であるけど、美人画を書き続けた喜多川歌麿などは、「判じ絵」 などの禁制の新しい回避手法を考えるたびにそれを潰され、結局「手鎖50日」に処されて気勢を削がれるが、歌川国芳は何度も奉行所に呼び出されて厳重注意されたり始末書を書かされたり罰金刑になったりするにも関わらず、法をかいくぐって絵を描くだけでなく、そんな体制そのものをもその作品の中で批判したり揶揄したりして笑い飛ばす。
そういう意味で歌川国芳はポップであるだけでなくとてもロックな人物でもあったわけだ。
この二つの絵は一見全く全然関係のない順法的なものに見せかけながら、黒船におびえるだけで何も出来ない幕府を揶揄したり(左)、天保の改革などの悪政を批判したりする(右)ものだとされているが、そんなん言われんとわからんわー
 

余りにも時代の最先端を行き過ぎた「過激」な表現が時の国家権力によって敵視されたり弾圧されたりするのは昔も今も同じである。
わいせつと断じられた『チャタレイ夫人の恋人』から「ろくでなしこ」まで、権力を否定すると断じられた「ジョージ・オーウェル」や退廃芸術だと認定された「エーリッヒ・ケストナー」まで、時の権力に否定されてしまったアートは逆に「誉め殺し」ならぬ「貶し誉め」として「国家権力に反体制だとお墨付きを頂いたアート」としてますます価値がアップするのだ。
同じように歌川国芳も上のような絵を発表し続けることでその人気はますます高まっていたようである。

また、何らかの規制をかいくぐる為に考えられた手法が逆に別の魅力を獲得して1つの表現形式と定着してしまうこともよくある。
エロ方向でのこの手法の創意工夫は本当に涙ぐましい。もう涙ぐましい域を脱して感動的ですらある。
例えば…
いやいややっぱり書かないでおこう。

歌川国芳のこの二つの絵「レイク」的なものと「オヤジギャグ百連発」的なものは、文字そのものを書かずに文字を表現する「判じ絵」 の手法の発展形といえるであろうし、

この擬人化された金魚や猫などは、直接役者や遊女を描く事のできなかった時代に動物として描く事で生み出された方法でもある。
 

この猫と金魚の可愛らしさはたまりませんな!

しかし、何といっても歌川国芳のエッセンスはこういった劇画ちっくに濃ゆいこんな感じの絵の中にあるように思う。

この「進撃の巨骨」に「赤穂浪士の奇妙な冒険」の卓越したデッサン力を見よ!どうよ?
そのデッサン力の凄さは展示後半にあった掛け軸などの肉筆画で存分に味わえるぞ。

浮世絵を見ているとマンガやらアニメやら現代の日本文化のあらゆる可能性が見えるような気がするけど、浮世絵全体の持つ「POP」さだけでなく、歌川国芳独特の先に紹介した金魚や猫の絵のような「KAWAII」、さらには体制に反発する「ROCK」も味わえる、
「KAWAII」モノを見てニヤニヤしつつ、権力を否定したい「ROCK」な人なんかにお勧めのこの展覧会は2014年11月24日までだ~
盗んだバイクで走り出さずに、公共の交通機関をご利用して急げ~

 

2014年10月15日

金沢へ行く/色絵雉香炉さんと二人きりになる旅

先月、もう一ヶ月前ほどの話であるが、兼六園と21世紀美術館を目当てに金沢に行ってきた。
金沢駅を下りてすぐに「ゴーゴーカレー」の営業車を発見し、無闇にカレーが食べたくなるリビドーが湧き上がってくる。ナンバーまで55だ!

旅行中はご当地物を食べるのが鉄則である。
金沢カレーはご当地物に含まれるけど、ゴーゴーカレーは京都の三条にあるがな!我慢我慢!
なんせ1日3食なのだ。そんなに何でもかんでも食べられない。
人の食べているカレーはなぜかやたらと美味しそうに見えるが、カレーの営業車まで美味しそうに見えるとは色々末期だな!
ということで、食べたご当地物はこんな感じ。

金沢と言えば回転寿司の「もりもり寿司」。ご当地物のネタが大回転中だー


写真は能登5種盛りとホタルイカ、ノドグロの赤だし。ホタルイカが美味しくて二皿分食べた。
美味しかったー文句なしのご当地ものだー

私は旅行に行くと旅行先のスーパーやデパートの食品売り場に行くのが大好きなのだ。
ということで、ホテルの部屋に帰ってデパ地下寿司をつまみにデパ地下購入の日本酒を飲む。

デパ地下寿司はご当地物度はまぁ半分程度だが、この加賀鶴 特別純米酒『前田利家公』なる日本酒は文句なしのご当地ものだー

ご当地物というかご当地美術館の金沢21世紀美術館の併設カフェ「Fusion21」 で朝昼ご飯の予定だったが
閉まっていたので向かいにあった「いしのき迎賓館」なる建物の中のスイーツなお店で食べた。
 
 
と、このように食べ物から店から見える景色までスイーツ。
この店の名前は「PAUL BOCUSE」?って節子それご当地ものちがう!チェーン店やないかーグローバル社会のあほー!
いやしかし!食器だけはご当地物だぞー

そして金沢に来た目的の一つ兼六園。

前日に雨が降ったせいか庭園中がキノコだらけ。
 
こんな可憐なキノコ達から
 
食べればトリップしてしまうキノコまで沢山!

見ているだけで、うおおーキノコがいっぱい!とテンションが上るが、決してそんなシロシビン系キノコを食べたわけではないのだ。

先日岡山の後楽園に行ったときも思ったのだが、山だろうが植物園だろうが庭園だろうが、植物が生えている場所に行くと、ついついキノコしか探していない自分に気付く。
もちろん私はここ兼六園でもひたすらキノコを探し、景色を撮っている人たちを尻目にひたすらキノコの写真を撮りまくる。

朝一番に行ったので、公園を清掃する人たちが沢山いたのだが、その公園清掃部隊が生えてるキノコを片っ端からむしりとるのを発見して驚愕する。

こんなに可愛くも微笑ましいキノコ達を美とするのは余りにもマイノリティー過ぎるのか?庭園的視点から見れば卑しくも無節操に生えてくるキノコどもは美観を損ねるノイズでしかないのか?

民主化を求めるデモ隊に向かって水平射撃し、片っ端から逮捕してゆく治安部隊のように、容赦なくキノコをちぎっては投げちぎっては投げゴミ袋に詰め込んでゆく公園美観維持部隊を見るにつけ、
ムラムラと反骨精神やら反体制的な怒りが湧き上がってくる。

私は戦車隊の前に一人立ちはだかる市民のように、その目の前に体を投げ出して大の字に地面に寝転んで
止めろー!こんな可憐なベニタケむしるくらいなら替わりに俺のキノコをむしれー!」と叫びたくなったが、色々な意味でむしる方が嫌だろうし、それに本当にむしられたら私も困る。
あっ!キノコたちの後ろに公園美観維持部隊が!

「逃げてー!キノコ逃げてー!ベニタケ逃げてー!イグチ先生逃げてくださいー!」
いやー綺麗な庭園でしたよー

で、この金沢に来たもうひとつの目的である21世紀美術館である。

ワクワクして行ってみたら絶賛休館中でズコーだった。
美術館、博物館は大抵月曜日が休みやけど、月曜日が祝日だったので次の日の火曜が休刊日ということらしい。せっかく来たのにガッカリだよ!ガッカリだけじゃなくショボーンだよ!
京都から来ただけでこれほどしょんぼりするのに、わざわざ遠いところから来た人はどれだけ残念だろうか。
閉ざされた入場口の前で呆然と立ち尽くす我々、やたらと早口で大声で話し合っている中国人らしき人、床に座り込んでうつろな目で空や壁を見つめるヨーロッパ系らしき旅行者

まさにネットでよく見るこの画像のような感じだった。
そんな21世紀美術館の風景そのものが
「期待そして絶望、やがて放心あるい怒り 2014」とタイトルのついたインスタレーションのようだった。あほー!

が、しかし、展示場は全て閉まっていても、外から見られる無料ゾーンだけは入れるようになっていたのは気が利いてる。ガラガラなので写真撮り放題だ。
いや、写真だけ撮ってもしょうがないけどね…
 
 
 

金沢21世紀美術館がしまっていたのでプリプリしながら石川県立美術館へ移動。

金沢21世紀美術館に比べれば圧倒的に渋いと言うか地味というかそんな感じの美術館であるせいかガラガラで心地よかった。
石川県立美術館といえば17世紀に作られたと言われる国宝「色絵雉香炉」である。

17世紀と言えばヨーロッパ諸国が魔女狩りに勤しみ、トルコ軍がウィーンを包囲していた頃で、フランスの支配階級は宮廷で贅を尽くす一方、日本の大名はこんな香炉で香を炊きつつお茶を楽しんでいたと。
渋い!日本人渋すぎるぞ!
しかし、最初から美術工芸品として作られたクオリティーの高すぎる茶器などは観賞用で実際に道具として使われることなんかほとんどないように、
この「色絵雉香炉」も観賞用の香炉か?と思ったら、実際に使った痕跡があると解説に書いてあった。
国宝レベルのものを(当時は国宝ちゃうけど)実用品として使うとは 恐るべし前田家。恐らくお茶席で特別なお客さんを招いたときにでも使ったのだろう。これでもかと客をもてなす心意気を感じますがなー

この「色絵雉香炉」は重文の「色絵雌雉香炉」と共に展示室一個を使って展示される特別扱いだが、我々のほかに誰もおらず、プライベート展示室状態で国宝を独り占めだ。(正確には二人占めやけど)
色絵雉香炉さん...やっと二人きりになれましたね...」(初めてお会いしますけど)ってことで上から下からあんなところからこんなところまで心ゆくまで鑑賞だ!

この他の常設展は陶器から漆器、指物から茶道具、掛け軸から屏風といった渋すぎる美術工芸品が多く、加賀百万石な文化が心ゆくまで堪能できる美術館であった。
中でも古九谷がずらーっと並んでいる展示室は圧巻で素晴らしい。
しかし一方で金沢美大を擁するお土地柄ということもあり、西洋美術系の展示品も全くの手抜きなしである。金沢美大系のものをメインに中々のクオリティでありましたぞ。

閉まっていた21世紀美術館にはしょんぼりしていた外国人観光客が沢山いたけど、ここ「石川県立美術館」に来てクオリティの高い日本の美術工芸品を堪能すれば、こんな感じになると思うよー

そんな国宝"色絵雉香炉"さんと二人きりになれる「石川県立美術館」は基本年中無休だーすばらしいー急げー
年中無休て21世紀美術館も見習えー

京都に帰ってきてその後、どうしても金沢カレーが食べたくなって、久御山のイオンに行って「チャンピオンカレー」を食べたのだが、
同じイオンの一階に「もりもり寿司」まであってズコーであった。グローバル社会のあほー!

石川県立美術館に勝るとも劣らないガラガラ具合だと予想される「鈴木大拙館」も行きたかったのだが、時間がなく断念。次は行くぞー

 

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