2021年12月1日

世界の終わり映画まとめ2021

「世界の終わり」とか「終末」とか「世界滅亡」あるいは「アポカリプス」のようなテーマはは映画にとってよくある一般的なものだけど、ほとんどの映画は宇宙人だの悪魔だのウィルスだのAIの暴走だの、天変地異だの異常気象だの災害だのと何かしら原因を見つけて終わりつつある世界を救う方法を探したり、あるいは生き残った人たちがサバイバルするような話ばかりだ。
圧倒的で避けようのない「世界の終わり」を既成事実としてどのように受け入れ、そして最後の瞬間までどのように過ごすのかを描いた作品は本当に少ない。
人は自分と世界の終わりを絶対に避けられないものだと知りながら、最後の瞬間まで終わらないものとして、何かしらの手段によって避けることのできるものとして仮定して生きているように見える。
それは人々が「死」に対する態度とどこか似ているように思うし、結局「世界の終わり」を想うことは「死」を想うこととほとんど同義なのだ。

この夏からひたすら映画ばかり見ているけど私が観たいこのような「世界の終わり」の世界を直接的に書いた物語は思ったより少ないので紹介する。

エンド・オブ・ザ・ワールド(2012年 アメリカ) ローリーン・スカファリア

隕石衝突で世界が滅ぶというニュースを聞いて妻が逃げ出した主人公は残りの人生を楽しもうとはしゃぎまわる友人たちについてゆけず一人で淡々と過ごすが、最後に一つの目的を見つけて旅に出る。
あまり世界の終わりが意識されないロードムービーのような感じ。
雰囲気は良いけど。あと一歩感。
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メランコリア(2011年 デンマーク/スウェーデン/フランス/ドイツ)ラース・フォン・トリアー

隕石衝突で世界が滅ぶ状況を無視するようにはしゃぐ人たちを尻目に主人公はひたすらうつ状態に陥り、人々は徐々に狂気に襲われていく感じ。地球に接近する青い惑星と黄色い月が夜空に大きく浮かぶシーンは綺麗。
動けないほどの鬱だった主人公が世界の終わりを意識するにつれどんどん元気になってゆく様にちょっとほっこりした。さすがダンサー・イン・ザ・ダークのトリフォー監督
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渚にて(1959年製 アメリカ)スタンリー・クレイマー

ネビル・シュート『渚にて』の映画化。
核戦争によって北半球が無人の地となったもの、生き延びたアメリカの原潜がアメリカから発せられる信号をたよりにアメリカに向かう。
一方南半球も北半球から飛来する放射性物質で徐々に汚染されて行き、万策尽き果ててもはや死を待つのみという状況になる。
淡々とした演出からくるじわじわくる絶望感はすごい。
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エンド・オブ・ザ・ワールド(2000年  オーストラリア) ラッセル・マルケイ

『渚にて』のリメイクでもともとはテレビ映画らしい。
台湾をめぐるアメリカと中国による核戦争によって北半球が消え去り…と設定は少し現代風になっているが流れはほぼ同じ。終わりがとてつもなくブルーでかつ甘美。
どちらかというと終末を迎えた「個人」がフォーカスされているように思う。
『渚にて』よりもこちらを先に見たのだがラストは衝撃的だった。
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ディープ・インパクト(1998年 アメリカ)ミミ・レダー

この映画は「アルマゲドン」と同じ時期に公開されていたらしく、アルマゲドンの方は劇場で見たけど、こっちは初めて観た。こっちのほうがはるかに面白かった。
ちょっとドキュメンタリータッチで衝突までの一年間の間に政府が回避策から失敗時の策から最後のあがきまでプランE位まで考えてあるところがとてもリアル。
観客である私達に問いかけてくるいい映画だった。
が、最後は如何にもアメリカ映画なヒーローな展開になってちょっと興ざめ。
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結局、すべての映画で最後が人間が求めるのは「愛」であり、世界の終わりを穏やかに喜ばしく受け入れる人は鬱のどん底にある人だった。
世界が喜ばしい場所である人にとって「世界の終わり」は受け入れ難いものであるし、世界が苦でしかない人にとっては喜ばしいものであるということはなんとも皮肉な自然の公平さを表しているように思う。
そして潜在的に自殺願望があるような人は「世界の終わり」にやたらと惹きつけられてしまうのかもしれないと思うのだった。

2014年1月7日

「ブルーラグーン」1991米/本当の意味でのミラ様鑑賞映画

正月休み中に掃除をしていて「ブルーラグーン」のDVDが発掘されたので思わず観た。

なんか、一人で映画を見たのはほんまに久しぶりだ。たぶん震災後は全く見ていないはず。

この映画は以前観て何気に面白かったブルック・シールズ主演の「青い珊瑚礁」の続編で、「青い珊瑚礁」の主人公の子供とまた別の子供が無人島に漂着して豊かな自然の中で自然に育ち自然に愛し合ってうんたらかんたらというストーリーであるけど、そんなことよりもなによりも若かりしミラ・ジョヴォヴィッチが主演だというのがポイントである。

何しろ撮影当時14歳のミラ様が「南国系ハダカ映画」で弾けまくる!ってことですからねー

Wikipediaでは「青い珊瑚礁」のリメイクって書いてあるけどストーリー上は続編である。

前作の「青い珊瑚礁」の原題が「The Blue Lagoon」で、その11年後に製作された続編「RETURN TO THE BLUE LAGOON」の邦題が「ブルーラグーン」て、ややこしいわ!

前作の「青い珊瑚礁」は「南国系ハダカ映画」に見せかけた何気にソナチネ的クオリア満開の暗くて深い人間の存在の根源に降りてゆくような映画だったけど、この映画は今となれば「南国系ハダカ映画」の皮をかぶった「ミラ様鑑賞映画」であった。

映画の中でミラ様が、相方の兄ちゃんを差し置いて銛で魚を見事に魚を突いてみせるシーンがあるのだが、8年後の「ジャンヌ・ダルク」から武闘派女優としての道を突き進むのを予感させるような、何気にこの頃から武器の取り扱いに秀でてるのが分かりますな。

そして、当時14歳のミラ様がすっぽんぽんで水浴びをする様を水を補給に来た船の船員が「ほへー」と鼻を下を伸ばして眺めるシーンがあるのだが、この映画を鑑賞する際の姿勢は大体みんな基本的にこんな感じになるだろう。

14歳のミラ様の水浴びシーンは児童ポルノに該当するのではないか?と私などは思うのだが、児童ポルノの定義が「文学的・芸術的・政治的・科学的な価値が一切ないもの」ということで、この映画に本当に芸術的価値があるのか?と問われればグッと詰まってしまいそうな気がするが、がまだアマゾンで売っているところを観るとこの映画に芸術的価値があると言うことになっているのだろう。

うん、たしかにミラ様の水浴びシーンそのものに芸術的価値があるわw

この映画をみたせいか、どことなくミラ様的な雰囲気を持っているような気がする友人がパンツ一丁で街中をウロウロしているところに遭遇する夢を見た。

私は夢の中でとても「ええーっ!」とびっくりして「どうしたん!?」と聴いたら「どうしたんて、買い物」と答えられたのであった...

いやいや映画って面白いですねー

 

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2013年1月22日

Les Misérables? Oui les Misérables !

先日、映画の「Les Misérables」を観て来た。

原作の小説は読んでいないけど、ヴィクトル・ユーゴーがこの本の売れ行きを聞くために書いた「?」という手紙の返事が「!」だったという逸話どおり、まさに19世紀フランスの初期ロマン派という感じでとても面白かった。

とはいってもこの映画は原作の小説を映画化したのではなく、小説をミュージカル化したものを映画化したものということらしく、全編ミュージカルだったが、それがまた良かった。

この年になると感情の起伏のスイッチが入りやすいせいか、もうむやみに感動した。

信仰の問題とか正義の問題とか信念の問題とか、そんなことを第一義的な自分の問題として苦悩する人に私はとことん弱いというのを再認識した。

とはいえ、うさんくさい火事場泥棒詐欺師の宿屋夫婦もよかったですな。ああいう風に楽しく生きんとあかん。

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2011年8月22日

天元突破グレンラガン/自己肯定と自己承認のプロセス

amazon ASIN-B000PUB0QS先日Karappo氏に薦めてもらった「天元突破グレンラガン」を、
テレビシリーズの全27話をほとんど徹夜しながら二晩二日で、映画版2作をその次の日に一晩と殆ど一気に観た。
基本的には「根性と気合と愛と恋が宇宙を救う」的な合体変形ロボットアニメであり、
テレビ放映時は日曜朝8時30分の子供向けの枠で放映されていたらしいのだが、
流石にGAINAXと言うべきか、子供向けの分かりやすい要素から、私のようなオッサン向けのマニアックな要素までの様々なテーマを含んだ深みがあったように思う。
はっきりいってエヴァンゲリオンなんぞよりよっぽど面白く人の心を揺さぶるアニメであるといっていいだろう。
生物の進化の大本となるDNAの二重螺旋構造に基づいた「螺旋力」を至上のエネルギーとする世界観を基本に、
前編後編のそれぞれが2部構成になっており、部が進むごとに物語の内容が一転し、どんどんスケールと敵が累乗的に強大になってゆくのだが、「グレンラガンのインフレは良いインフレ」と言われるようなそのインフレっぷりが心地よく素晴らしい。
最近のアニメの主題歌はアニメと関係ないただのタイアップ曲の場合が多いが、しょこたんが歌う主題歌の『空色デイズ』は前編が1コーラス目(1部op 2部op)、後編が2コーラス目(3、4部op)となっており、アニメの内容どころか、前編後編の内容にまでピッタリであった。
なんというか、隅々まで丁寧に気を配られて作られているのだと言う印象をとても受けた。

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2011年3月1日

ロマン・ポランスキー『テス』/美はフォースである/ナスターシャ 、ポランスキーの怒り

amazon ASIN-B00005G0NZそういえば正月くらいにロマン・ポランスキーの『テス』 を観たのだが、ここに書くのを忘れていた。
この映画はトマス・ハーディの長い小説『ダーバヴィルのテス』が原作だがこちらは未読である。
ストーリーは十九世紀末のイギリスの片田舎に住む美しい少女テスがある日自分が伯爵の家系である事を知り、家族から同じ家名を持つ金持ちの屋敷に援助を頼みにいかされ、テスはの屋敷の息子に見初められてその屋敷の農場に奉公する事になるが、美しさゆえにその息子に手込めにされて情婦とされてしまい、そんな生活から逃げ出して別の農場に行くもまたその農場主と恋に落ちる…
と言う感じの、図らずもいつの間にか自らの美しさを頼りに世を渡っており、そして気付けばその美しさゆえに滅んでゆく、普通に生きようとしたが自らの美しさがそれを許さなかった、運命に翻弄された業深きテスの物語と言った所か。
このテスを演じる「ナスターシャ・キンスキー」は私の大好きな「クラウス・キンスキー」の娘である。
クラウス・キンスキーが私がもっとも好きな映画のひとつである、「アギーレ/神の怒り」「フィツカラルド」「コブラ・ヴェルデ」「ノスフェラトゥ」などの、私が最も好きな監督の一人であるヘルツォーク作品内で演じた役どころは、狂気を帯びたもう殆ど地じゃないか?という危険な匂いがプンプンして余りにも真に迫っていて素晴らしかったのだが、私がこの映画を観たのはその「クラウス・キンスキー」の娘が出ているという理由が殆どである。
「バイオ・ハザード」シリーズがミラ様鑑賞映画なのと同様に、この「テス」もまたナスターシャ・キンスキー鑑賞映画だという評判どうりであった。
カントリーガールからロココ調な感じに至るまで、色々な衣装に着せ替えられて登場するナスターシャ・キンスキーを鑑賞する事になるのだが、ただひたすら美しいだけでなく、時折ちらりと見せる父譲りの狂気を帯びたような眼つきと表情がなんとも素晴らく魅惑的であった。
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やっぱりこう見ても似てますな。被り物もそっくりwww

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2011年2月22日

グーグーだって猫である/頑張って演技する小泉今日子にズッキンドッキン

amazon ASIN-B001KKR5NY今日は2月22日のネコの日ということでネコの話。
先日「ねこばん3D」を観て密かにネコ映画に目覚めかけ、勢いあまって『グーグーだって猫である』 を観た。
いい年をしたオッサンが見たと公言する映画としては、殆ど「カミングアウト」に近い恥ずかしさですな。
原作の大島弓子の作品は幾つか読んだ事があるのだが、この『グーグーだって猫である』 は未読である。
映画としては、色々な伏線が全て放置されたまま終了し、一体何がやりたいのか良くわからない映画であった。
明らかに地雷映画と分かっていつつも、観る前から唯一の見所かと予想されたネコ映画的にネコを鑑賞するような作りですらなく、デタラメな映画の中でひたすらけなげに頑張る小泉今日子の妙に渋い演技を鑑賞する映画であった。
主人公の小泉今日子以外にも登場人物の皆はちゃんと頑張って演技しててそういうところに変に感動した。
「楢山節考」の坂本スミ子とまた違った意味での役者魂を感じたのであった。

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2011年2月20日

「ゆきゆきて、神軍」/意外な方向性に転回するドキュメンタリー/エキセントリック神軍ボウイ

amazon ASIN-B000RYWLJ2今村昌平の「楢山節考」 の次に観た映画が「ゆきゆきて、神軍」である。
一般参賀中の天皇に向けてパチンコ玉を打ち込んで逮捕され、ゴテゴテとアジ文を書きなぐった車で街宣し、ひたすら天皇の戦争責任を追及し続けたアナーキストである奥崎謙三が、自らが所属した陸軍の部隊で、終戦後に銃殺刑があった事を知り、刑死した戦友の遺族二人と共に、同じ部隊にいた仲間や上官を訪ねてその真相を追究する。
といったストーリのドキュメンタリーである。
ドキュメンタリーとしては有名な名作という扱いであるらしいのだが、流石にその主人公のキャラクターや思想がデリケートな問題をかすっているだけあって、メディアに登場する機会は余り無いようである。
観始めて直ぐに、自らが神の正義だとして全ての権威と形式を否定する彼自身にちょっと圧倒された。
しばらくは、結婚式の祝辞で家族制度を否定し、いい年をして更にいい年の元上官に暴力を振るってまで正義を貫き、自ら110番して呼んだ警察にまで突っかかってゆく奥崎謙三の変人っぷりと彼の特異なキャラクターを鑑賞する映画なのかな?
と思っていたのだが、彼が件の銃殺刑についての真実を追求し、真実にどんどん迫ってゆくうちにどんどん映画の雲行きが変わってくる。
そして、観ているうちにその余りに真面目で一本気な奥崎謙三が時に暴力で、時に脅迫まがいの勢いで関係者をビシバシ追求し、その彼が生きて帰ったニューギニア戦線がどれほどに過酷であったか、完全に包囲されて補給が途絶え、数キロ四方の間で動けなくなった何百人もの兵隊が徐々に疲弊してゆく状況で何が起こり、そしてそんな中で行われた銃殺刑の裏に潜んでいる真相は何なのか。
という辺りが徐々に明らかになってくるにつれて、じわじわと衝撃が湧き上がってくる。

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2011年2月19日

今村昌平『楢山節考』(1983)/何もかもが強烈なリアルで生々しいパラレルワールド

amazon ASIN-B000066AEQ先日、一月の半ば過ぎくらい、風邪を引く一週間くらい前に今村昌平の『楢山節考』 (1983)を観た。
この作品は83年のカンヌ映画祭でパルムドールを受賞した世界的にも名作として名高い作品であり、70歳を迎えると息子に背負われて山に入らねばならない、とする姥捨ての風習が生活サイクルの一環として社会に根付いている貧しく雪深い山村で、生きるため、村の秩序を維持するために必要な「強烈」としか言いようの無い風習と価値観と共に生きる人々をひたすらリアルに生々しく描いた作品である。
昔のムラ社会の日本は性に奔放だったとか、日本のどこかには姥捨て的な風習があったとかなかったとか、間引きや人買いや村八分は村システムなるものに組み込まれていたとか、そういったことを一般的な予備知識として持った上で見ても、現代からすれば余りにも発想がぶっ飛びすぎて強烈過ぎて、一瞬意味が分からない。。
もう映画中の前提の一つ一つの意味が、映画中に起こるエピソードの一つ一つが最初の一瞬では「??」と訳が分からないのだ。
そして、現代の我々には余りにも強烈に映るそんな前提やエピソードから成り立つ日常がコメディータッチで描かれている。
この『楢山節考』は子供が見れば確実にトラウマ作品になるであろう事は確実な、あらゆる意味で強烈な映画であった
そういった予備知識を持つ日本人である私が見てもこれだけ強烈だったのだから、殆どそういう背景を知らない外国人が見ればどれだけ驚いたのかが良くわかるような気がする。そらカンヌでパムドールに選びたくもなるわ。というわけである。

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2011年2月18日

人生初の3D映画

風邪を引いて寝込んで、『夜と霧』を読んで嫌な夢を見た翌日の月曜日、生まれて初めて3D映画なるものを観た。
3D映画の強みと言えば、奥行きのある映像の中で登場人物やオブジェクトをグリグリ動かすといったアクション系にあるような気がするのだが、
私が観たのは、そういった類のいかにも3D向けの「アバター」「バイオハザード」「ハリーポッター」といった有名どころではなく、
『ねこばん3D とび出すにゃんこ』なる映画であった。
amazon ASIN-B004LODZNUもともとはドラマであったものの映画化ということらしいが、そんなことよりも沢山のネコが3D映像内をニャーニャー動き回るというこの映画が公開されるのをネットニュースで知り、これはぜひ観ねばならぬと私の中のダイモンが囁く声を聞いてずっと心待ちにしていた。
それに、生まれて初めて見た3D映画が『ねこばん3D とび出すにゃんこ』であるというのは、ネタ的人生としては実に素晴らしいのではないかという思いもあった。
しかし、上映している映画館が殆ど無く、私の住む京都では「ワーナー・マイカル・シネマズ高の原」でしかやっていない。
公開直後なので、映画の評判も、人気があるのかどうかも伝わってこない。
京都で一箇所でしかやっていないという事実でこの映画が人気があるのかどうか推し量ることが出来そうな気もする。
しかし、猫好きにとって、3Dでニャーニャー動き回る猫はとてつもない魅力であろう。世の猫好きがこの映画を見逃すとはとても思えない。
グラン・ブルー 」や「ベルリン・天使の詩 」のようにミニシアター系の映画に人が押し寄せてメジャー化したような現象がこの『ねこばん3D とび出すにゃんこ』で起こらないとは言い切れない。
しかも、レディースデーでかつレイトショーで、男も女も割引料金で映画が観られるこの上映時間、京都に一箇所でしかやっていないこの『ねこばん3D とび出すにゃんこ』に京都中の猫好きが集結している可能性も大いにある。
病み上がりというか、8割がた回復した体を引きずって、仕事後に急いで帰って車を運転して、微妙に道に迷いそうになりながら「ワーナー・マイカル・シネマズ高の原」まで行って来た。

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2011年1月15日

バイオハザードIV アフターライフ/ミラ様鑑賞飛び出さない大作戦

amazon ASIN-B003CN5W1Eそういえば、ポール・W・S・アンダーソン監督、ミラ・ジョヴォヴィッチ主演の「バイオハザードIV アフターライフ」も観た。
前作でヤムチャなら指先一つでダウンに違いない、アキラのナンバーズの子供たちにも勝てるであろう、「気」を使うわ人工衛星は壊すわ、フォースに目覚めるわと、スーパーサイヤ人やアキラの世界の次元レベルまで強くなりすぎていたミラ様に敵がいるのだろうか?と危ぶまれていたのだが、
今作では「注射されると普通の人間に戻る薬」を注射されて普通の人間に戻って、その微妙なムリヤリさにどんな便利な薬やねん!と思わず笑ってしまった。
冒頭からしばらく続くアクションシーンはなんだかどこかで観たことあるようなものの劣化版という感じで微妙だったのだが、そのアクションシーンが終わってから俄然面白くなってきた。
ネットでこの映画はボロカスに言われているようであるが、私はとても面白く観れた。
後に何も残さないエンタメ映画が素晴らしいのは、次の日に何も残さない酒が素晴らしいとの同じである。
また、ミラ・ジョヴォヴィッチのダンナであるアンダーソン監督が彼女ばっかり撮ってるやないかという批判もあったが、この映画は基本的には「ミラ様鑑賞映画」なので、そういう意味では願ったり適ったりであろう。
相変わらず、走りもアクションもなんとなくどんくさいミラ様であったが、だが、それがいい。

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