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2011年2月20日

「ゆきゆきて、神軍」/意外な方向性に転回するドキュメンタリー/エキセントリック神軍ボウイ

今村昌平の「楢山節考」 の次に観た映画が「ゆきゆきて、神軍」である。
一般参賀中の天皇に向けてパチンコ玉を打ち込んで逮捕され、ゴテゴテとアジ文を書きなぐった車で街宣し、ひたすら天皇の戦争責任を追及し続けたアナーキストである奥崎謙三が、自らが所属した陸軍の部隊で、終戦後に銃殺刑があった事を知り、刑死した戦友の遺族二人と共に、同じ部隊にいた仲間や上官を訪ねてその真相を追究する。
といったストーリのドキュメンタリーである。
ドキュメンタリーとしては有名な名作という扱いであるらしいのだが、流石にその主人公のキャラクターや思想がデリケートな問題をかすっているだけあって、メディアに登場する機会は余り無いようである。
観始めて直ぐに、自らが神の正義だとして全ての権威と形式を否定する彼自身にちょっと圧倒された。
しばらくは、結婚式の祝辞で家族制度を否定し、いい年をして更にいい年の元上官に暴力を振るってまで正義を貫き、自ら110番して呼んだ警察にまで突っかかってゆく奥崎謙三の変人っぷりと彼の特異なキャラクターを鑑賞する映画なのかな?
と思っていたのだが、彼が件の銃殺刑についての真実を追求し、真実にどんどん迫ってゆくうちにどんどん映画の雲行きが変わってくる。
そして、観ているうちにその余りに真面目で一本気な奥崎謙三が時に暴力で、時に脅迫まがいの勢いで関係者をビシバシ追求し、その彼が生きて帰ったニューギニア戦線がどれほどに過酷であったか、完全に包囲されて補給が途絶え、数キロ四方の間で動けなくなった何百人もの兵隊が徐々に疲弊してゆく状況で何が起こり、そしてそんな中で行われた銃殺刑の裏に潜んでいる真相は何なのか。
という辺りが徐々に明らかになってくるにつれて、じわじわと衝撃が湧き上がってくる。


ネタバレになってしまうので具体的には書かないが、極限状態に置かれた人間は自らの命維持するために、たとえそれが現在ではかなりのヘビーさでタブーとされている事でも如何に簡単にそのタブーを踏み越えて、そしてその新たな秩序を維持するために、そのタブー自体をもルール化してシステムに組み込んでしまう存在であるという所にかなりの衝撃を受けた。
そして、一時そんなタブーを踏み越えた状況とシステムに身を置いて身を委ねていた経験を持っていても、状況が変われば簡単にその経験を棚上げしてちゃんと現代社会のシステムに順応できてしまうような、人間の環境適応能力にびっくりした。
奥崎謙三の奇人変人っぷりで始まったこの映画は、彼の奇人変人っぷりを原動力にして、戦争の裏に隠されていた驚くべき真相を暴きだしたという、なかなかに見事な作りになっていた。
なんか奥崎謙三のような人が居るのは知っていたが、彼について詳しく知ったのは映画を観終わって、この映画について色々と調べた後である。
この映画を観たのは、そのDVDのパッケージに載っている奥崎謙三の「顔」と雰囲気の一点のみ。
パッケージ写真の奥崎謙三の姿はなぜか人を惹きつけるものがあるような気がする。
そして彼は、彼の思想云々、行動云々は全く関係なく、例え彼の言動がエキセントリックで滑稽に見えようとも、彼は彼の信じる正義と彼の信じる美を必死で真面目に全存在をかけて行って貫いているという意味で魅力的に映るエキセントリック神軍ボウイなのだと思った。

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