スター・ウォーズ エピソード4 新たなる希望 / 全体と個

amazon ASIN-B000GD7YK0前から「有名やけど見ていない昔の映画を見よう企画」とか言っていたけど、そう考えていた映画の中の一つに「スターウォーズ」シリーズがあった。シリーズ6部作と中々に長大なのでちょっと躊躇していたけど、やっと見始めた。
6部作と言う事で物語の時間の流れの順番にエピソード1からエピソード6まであるけど、一番最初に「スターウォーズ」として1977年に公開された「エピソード4 新たなる希望 」から見始める事にした。
といっても、私の観たDVDは公開後にデジタル修復&デジタルリマスターされた「特別篇」なのやけど。
物語自体の内容は知らないながらも、あまりにも一般的になった世界観やらキャラクターを持った作品なので、ダース・ベイダーやらオビ・ワンやらの登場人物や、ジェダイの騎士とかフォースなる概念などはあらかじめ知っていたので、全く知らない物語を見るのではなく、既に知っているその登場人物やら概念やらのつながりを確認するような見方やったけどとても面白かった。


公開当時は内省的で暗いベトナム戦争を扱った映画が多かったせいもあり、健全な娯楽性を持ったこの映画は大ヒットした。
この映画のヒットのお陰で子供かマニア向けの低予算・低技術のB級映画としか成立しえなかった「SF映画」なるジャンルが、一気にメジャ一なものとなる一因となったようである。
さらに、この映画が完全オリジナルの脚本で作られた事は、今まで一般的であった文芸作品からの映画化と言った流れを変える事ともなったらしい。
ストーリーとしては1920年代の典型的なスペースオペラを踏襲しながらも、ハードSF的なリアリティーを持たせつつ、ただレーザーとバリアと宇宙船で戦うだけでなく、フォースやらジェダイの騎士なる概念が入っているところがとても面白く感じるのだろう。
小説でも映画でも、物語内での世界の技術やら社会制度やらが肥大してしまえばしまうほど、個人の持つ力は総体的にどんどん小さく見える傾向がある。
あまりにも発達した社会にとって個人は余りにも無力であるし、あまりにも発達したテクノロジーの前では、個人の持つ力などあまりにも小さい。
でも、この映画では発達したテクノロジーと宇宙間戦争といった科学や社会のなる舞台にいながらも、フォースやらと言った概念を使って個人が活躍する場が大きく残されている。
テクノロジーや世界観や社会と言った、全体としてのSFの追求と、フォースを拠り所としたジェダイの騎士やらダース・ベイダーなる個の追求の物語の調和がこのシリーズの面白さなんやろうなと思った。

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