黒澤明 「どですかでん」(1970/日)

amazon ASIN-B000VJ2DPU黒澤明 『どですかでん』を観た。黒澤明の初のカラー作品ということで気合入りまくったどぎついばかりの色使いのサイケな映像で、ストーリもこれまたサイケデリック。
興行的にはまったく成功せず、これを撮ってすぐに黒澤明は自殺未遂を起こしたらしい。うーん。
ゴミの山の間に掘っ立て小屋を立てて暮らすスラムの人々の間を、自分が電車の運転手だと思い込んでいる知恵遅れの六ちゃんが架空の電車に乗って走り抜けてゆく。
タイトルの「どですかでん」とはその知恵遅れの「六ちゃん」が電車が走る時の擬音として使っている言葉である。
菅井きん演ずる母親がわが息子の回復を祈って気が触れたように法華経の題目を唱える中、六ちゃんが脳内の電車を運転するために家を出て、ゴミの山の間を「どですかでんどですかでん」と言いながら他人には見えない電車で疾走する。子供たちはそれに向かって「電車バカー」と石を投げている。そしてバックには武満徹の音楽。といった冒頭シーンでハートを鷲づかみにされた。
なんやねんこの美しさは…


物語の中でそのスラム街に住む人々の暮らしがサイケデリックなカラーで描かれるわけやけど、まともな人間が誰一人として出てこない。物語だけ見れば全く滅茶苦茶で救いのない物語で、悲惨などん底の状態の人たちと、一般的に人間のクズと言われるようなダメ男がふんだんに登場する。
ありがちに生きる事の素晴らしさなんか主張せず、ダメ男が改心するわけでもなく、悲惨な人が救われるわけでもなく、ダメ男のダメっぷり、悲惨な人たちの悲惨さ、狂った人の狂いっぷりは最初から最後まで変わらないというか酷くなる。ただただ悲惨と狂気とどうしようもない弱さの中、物語らしい物語もないまま進むけど、全篇コメディータッチに描かれている分だけ余計にエグくなっている。
この集落で一番まともに見えるような人でも根本的な所でズレているので、見ていると社会的な意味でも道徳的な意味でも常識と言うもんを根本から揺さぶられるような違和感がある。しかも変に劇っぽくありながらも、生々しいリアルさがあった様に思う。
最後の最後で「君!プールが出来たよ!」と叫ぶ乞食の父親は余りにも鬼気迫るものがあった。狂気と言うか絶望と言うかもうなんともたまらん。妄想の中のみで生き切る事の裏返った強さを垣間見たような気がする。
なんというか後から「ずーん」と来る映画やったし、明らかに受け付けない人が多いやろう。とにかく強烈な映画やった。
この日の夜に寿司を食べたんやけど、この映画を見たせいで好物の鯖を食べるのにかなり違和感があった…

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