2018年3月8日

地元スーパーが好き

旅先のスーパーマーケットに行くのが好きだ。

豚ソーキ、イカ墨、てんぷら各種、グルクン唐揚げ、作り立て島豆腐各種に加え、この地域独特のヒートゥーが並ぶ名護のスーパーが大好きだ。

直島から帰ってきた後の高松では「かっぱえびせん瀬戸内レモン」「ワイン瀬戸の百景」とかキラキラしたものが目につくし、

西成のあいりん地区の「おかゆ」「鰻たれごはん」にそこに住む人々の現実を垣間見たような気になる。

金沢の石川さんパンや明洞のポケモン菓子パンではクスッとしたりもするし、

伊勢の伊勢うどん

松本のニジマス唐揚げ

徳島の阿波彩鶏

広島の赤ヘルサンライズ

もう、スーパに売ってるものだけで何処か判ったりするくらい。

台北のテラピアとソウギョ、伊勢の伊勢ぶりに鳥羽の生めひび、徳島のシラサエビ、沖縄のグルクンとイラブチャーとグルクマにシチューマチ、そして松本のアマゴとイワナと、鮮魚コーナーはちょっとした水族館だー

観光地にある観光客ばかりの食べ物屋さんで観光客向けの料理を食べるよりも、地元庶民のゆくローカルスーパーで売られている食べ物を眺めている方がはるかにその土地を感じることができるような気がする。

2018年3月5日

ヒトが求めるもの グイン・サーガと物語と利己的な遺伝子

ここ2年くらい前から新刊が出ているのにあまり読む気にならずスルーしていた『グイン・サーガ』なる小説を先日再び読み始めた。

この『グイン・サーガ』なる小説は当時はそんな区分もなかったけど、今で言えばヒロイック・ファンタジーとライトノベルをあわせたようなジャンルになるであろう、1979年に第一巻が出版されてから現在に至るまで142+26巻以上からなる世界でも類を見ない長大なシリーズとして続いている。

私がこの『グイン・サーガ』なる物語を読み始めたのはちょうど30年位前の中学から高校の間くらいで、年をとるにつれて読む本の傾向が全く変わってしまってもこの『グイン・サーガ』だけはなぜかずっと読み続けてきた。
私が思春期の頃からオッサンになるまでこの『グイン・サーガ』の世界は私が実際に所属する現実世界とはまた別に存在する平行世界であり、その平行世界の国々の歴史は私の現実世界の歴史と密接にリンクし、その世界に住まう人々に対してある意味で現実世界の人々以上の親近感を抱いていたのだ。
私がこのシリーズを読み始めた高校に入ろうとする頃、グインは自らの信ずる正義のために命令を無視してケイロニアの軍籍を抜け単独でユラニアに進撃し、私が大学生として遊びまくっていた頃、モンゴール救国の英雄として将軍となったイシュトヴァーンはそのユラニアを含むゴーラ3国を統合しようと暴走を始め、私が働き始めた頃には、パロ王レムスとクリスタル公アルド・ナリスの確執はクーデターとなりパロの内戦に発展しようとしていた。
そして、今から10年ほど前、今思えば私にとても大きな影響を与えたとても大事だった人が去っていった頃、グインはアモンを追放しパロを救うことで記憶を失い、モンゴール大公アムネリスの侍女であったフロリーはイシュトヴァーンの息子を彼の父親の名をその胸の中に秘めたまま生み育てていた。
そんな、物語の次世代の登場人物が徐々に出てきつつあるその頃に作者である栗本薫が逝去する。
それによってそんな物語はすべて途中で中断し、その平行世界が時間が止まる形で終わってしまったことで、当時の私は結構なショックを受けた。
それまで数十年続けて来た、少なくとも数ヶ月に一度は出ていた新刊を夕方に買って帰ってほとんど徹夜で一気読みするという習慣がなくなった。
思えば、本好きなら誰もが体験するであろう、徹夜で物語に没頭した後に現実世界に戻ってきた時の、寝不足と疲労でフラフラする、物語世界と現実世界のリアリティーが逆転したような状態の頭にアドレナリンが駆け巡るような、覚醒と疲労と離人感が入り混じったあのふわふわしたような感覚の心地良さを『グイン・サーガ』が一番多く与えてくれたのだ。
そんな風に本を読む日も殆どなくなり、この何十年もずっと同じ場所で徐々にその数を増やしてきて本棚の結構な量を占めていた、もう増えることのない150冊ほどになる全巻を思い切って処分した。
栗本薫が逝去してから今までのその背表紙の群れを目につくたびにかすかに芽生えるちょっとした寂しさのような感覚を覚える事もなくなり、代わりにぽっかりと開いた本棚の空間からちょっとした欠落感のようなもの感じながらも、その隙間が新しい別の本に埋められてゆくにつれ、人生の殆どの時間を奪われ縛り付けられていた物語世界から脱して開放されてゆくような感覚も抱きつつあった、というか、単純に言えばグイン・サーガが更新されることのない世界に慣れてしまったのだ。
そして今から5年前、更新されることのないままに終わったはずの『グイン・サーガ』の最後の巻が出て5年後、もうほとんど『グイン・サーガ』の呪縛から脱していたと言っても良い頃、私と同じように『グイン・サーガ』の熱心な読者でもあり、また著者栗本薫の門下生でもあった二人「五代ゆう」と「宵野ゆめ」なる二人の作家が終了したはずの『グイン・サーガ』を交代で書き続けることが決定し、栗本薫の版権を管理する会社から新刊が発売される事になった。

栗本薫自身も自分が生きているうちにこの小説を完結させることは出来ないと思っていたようで、自他ともに認める「憑依型作家」である彼女らしく、栗本薫自身が『グイン・サーガ』なる物語は、著者の私自身の意図と関係なく著者を経由して自立的に物語られてゆくもので、私自身も私の書いた物語の読者であり、私だけの物語ではない。というような意味の事を生前に常々言っており、自分の死後には誰かに続きを書いて欲しいと言うことを言っていたけど、本当にそうなってしまった。
長期連載していたマンガやら小説やらが作者の逝去によって中断することは多々あるけど、他の誰かが続きを引き継ぐという事はそんなにあることでないと思う。

栗本薫という著者の逝去により終わったはずの『グイン・サーガ』の新刊が別の作者によって再び書かれて出版される事になるのを知って、墓を暴いてその遺産を掘り出すような、死者を蘇らせてその口から語らせるような、そんな、禁忌に触れるようななんとなく不吉な感じがしたのだ。

映画『惑星ソラリス』で主人公の心理学者のクリスの目の前に過去に死んだはずの恋人が現れ、現実の恋人ではありえないはずなのに彼女をその恋人として扱わざるを得なかったように、もう諦めて吹っ切って納得して解決していた筈の事でも、実際に目にするとそんな違和感や決意は一瞬で吹き飛んで昔に戻ってしまう。

実際に決して目にする筈のなかった新刊を目にすると、当初感じた違和感のようなものや呪縛から逃れた開放感のようなものは一瞬で消えて読まずにはいられなかったし、昔と同じようにすべてを忘れて一気読みした。
読み終わった後の昔と同じような覚醒と疲労と離人感が入り混じったふわふわ感を感じつつも、一方で開放されたと思っていた世界に再び囚われるような怖さのようなものも感じた。

村上春樹が著作に関しての批判や指摘を華麗にスルーする時によく使う得意技でもある一般的な言説に、「著作と著者は完全に独立している。」というのがある。
そういう意味から言えば『グイン・サーガ』と栗本薫は完全に独立しており『グイン・サーガ』が栗本薫以外の著者によって書かれるのは何らおかしいことではないはずである。
とは言え、いくら同じ物語でも著者が変わればそれなりの明らかな違いを感じそうなものだけど、実際に栗本薫ではない誰かによって物語られる『グイン・サーガ』は私には驚くほどに全く違和感も齟齬も何もなく感じられた。
そもそも今まで『グイン・サーガ』に栗本薫が書いているとかその他の誰かが書いているとかそういった著者の存在を感じていたのかすら疑問になるほどに不思議な感覚だった。新しい著者を得た『グイン・サーガ』が作者の死とそれによる5年の物語の停滞を全く感じさせず何事もなかったのように語られ始める様に触れるのは、同時に何かとんでもないものの一端に触れるようでもあった。

それは一時その動きを止めていた『グイン・サーガ』なる物語が「栗本薫」という宿主から這い出て、新たな「五代ゆう」と「宵野ゆめ」なる宿主を選び、読者と著者を取り込んで再び成長を始めたかのようでもあった。「物語」の持つ怖さと生命力のようなのようなものを当時は感じたのだった。

そんな感じで五年前に再び『グイン・サーガ』の新刊を追うことになったけど、ここ二年ほどの新刊は全く読んでいなかった。

ということを冒頭に書いたけど、そもそもこの二年、『グイン・サーガ』にかぎらず殆ど小説を読まず「物語」に触れる機会は全くと言っていいほど無かった。読んだとしても過去に何度も読み返したものを何となく昔を懐かしむように少し読むくらいだった。
考えてみれば物語を一切を求めなくなるに足る根本的な原因がその二年前に確かにあったといえばあったような気がしないでもないけど、時が経ったからか何なのかわからないけど、とにかく最近久しぶりにふと小説が読みたくなり、そういえばと思いついてこの2年間で出ていた3冊の『グイン・サーガ』の新刊を昔のようにフラフラになりながら一気読みしたのだ。

「物語」そのものからしばらく離れていた私が新しい『グイン・サーガ』に触れて、久しぶりに感じた圧倒的な力を持つ「物語」に対する見方はまた新しいものだった。

『グイン・サーガ』なる物語が最初の著者である栗本薫によって世界に広まり、著者の死後はその読者であった「五代ゆう」と「宵野ゆめ」がその物語を引き継いで世界に広め始めた事実は、よく見ればいわゆる「神話」と呼ばれる物語と全く同じ構造をしている。
一つの体系に属する「神話」を構成する様々な「物語」は様々な話者や著者によって時には内に事実的な矛盾や破綻を含みながらも一つの神話体系を形作り「物語」として語り継がれてゆく。
考えてみれば神話に限らず人間の生み出すあらゆるものは「物語」で記述することのできるのではないか?

世界、国家、歴史、宗教それらすべては典型的な一つの世界に関する「物語」であるし。科学技術やテクノロジーもまた一つの物語にによる世界解釈でありそこから生み出される何者かであるといえる。

世界に存在する様々な「物語」はまるで遺伝子のように「ヒト」に語られることによって広がり受け継がれてゆく。
遺伝子がその乗り物である生物の上で利己的にふるまうように見えるのと同じように「物語」もまたその乗り物である人の上で利己的にふるまうように見える。
親が子を守るように、また生物が赤の他人よりも血縁関係のある個体を優先するように、あるいはまた働きバチが子孫を残さずに女王バチにその命をささげ尽くして子を産ませることで、自らが子を産むよりも多くの共通遺伝子を残すことになるように、人はその歴史の中で自らの属する、宗教、政治、あるいは科学の物語に自らの全てを捧げ自らの命を失ってまで物語を守り、自分より多く広くその物語を伝えることのできる人のために命を捨ててきた。

生物としてのヒトが求める根本的な欲求ではなく、人間としての人が求める快楽や安心や刺激の殆どは考えてみれば何かしらの「物語」の構成要素に見える。
考えてみれば、自分の過去現在未来の姿、自分が何者でどうありどうありたいか。それらは一つの「物語」であるし、自分の苦悩、悩み、問題そういった諸々に一つの救いや解消や解決が得られるというのはある一つの自らの望む「物語」によって一つの意味や解釈が与えられることであるとも言える。
そして人間が抱く欲望も何かしらの「物語」そのものではないのか。
地位、名誉、富、快楽、安心、愛、健康、社会的使命、等々、一般的に人が求めると言われるであろうそれらを求めて手に入れることは一つの物語に自分をおくことであるし、また、それらを求めずにまた別の道をゆくのも一つの物語である。
人間としての人の欲望の形は実に様々だけど、結局のところ求めるものを突き詰めてみればある一つの自分を貫く「物語」に収束するのではないだろうか。

利己的な遺伝子論は、それまで漠然とそうであると思われていた生物の根源的な欲求としての「自己保存」とそれに基づく「本能」が副次的なものに過ぎず、生物の自己保存を含む欲求のすべてが「遺伝子の保存」を目的とした要請に基づくもので、生物の個体自体はただの遺伝子の乗り物にすぎないとして、科学分野だけでなくその後の世界の生物観や生命観を大きく変えたといわれる。
生物にとっての遺伝子と自己保存と本能との関係がそうであるように、人間にとって一番最優先されるのはその物語で、自己保存とか欲望とか言ったものはその物語の副次的なものに過ぎないとすれば、また、利己的な遺伝子論と同じように人が「物語」をその中に持つというよりもむしろ、「物語」を保存し広め更新し生み出してゆくための乗り物にすぎないととすれば、利己的な遺伝子論前後の生物や生命に対する見方がを一変させたように、人が自らの生命や生きることそのものに対する見方も少しは変わるかもしれない。

思えば、私はずっと自分が何を求めているのかよく分からなかった。
一般的な意味でよく言われる、自分がこれからどうなるのか、どうなりたいのかといったヴィジョンのようなものもまったく持っていなかった。
アラン・ケイの「未来を予測する最善の方法は、それを発明することだ」という言葉は大好きだけど、自分に関しての発明すべき未来を思いつくことはできなかった。

今でも自分が何を求めているのかは分からないし、自分がこれからどうなりたいのか、また発明したい未来というようなヴィジョンも相変わらずまったく持っていない。
それでも、今までの欲望ベースで「自分は何を求めているのか」や「自分はこれからどうなりたいのか」などと言わずに「自分はどんな物語を求めているのか」「自分はこれからどのような物語に身を置きたいのか」と問うような、物語を基礎とする視点で自らを見るとその見通しはだいぶクリアに像を結ぶような気がする。

人間はほの暗い「欲望」よって突き動かされて、自らが欲しいものもよく分からないままに求め続ける存在である。ととらえるよりも、人間は自らに埋め込まれた物語を求めそれを完成させて広めるために突き動かされている。ととらえる方が世界はより楽しく見えるような気がする。

それは利己的な遺伝子論がそれまでの生物観を一変させたように、今までの『不思議の国のアリス』的なカラフルで牧歌的な世界が、突如ウィリアム・ギブスンの『ニューロマンサー』的なくすんだサイバーパンクな世界に変容するほどの楽しさはあるかもしれない。

2018年2月16日

女子力の高いハンドクリーム

以前から通勤用の自転車のペダルのあたりから踏み込んだ時に軽い「パキッ」という異音がなるようになっていてずっと気になっていたのだが、昨日の連休で思いつく限りの場所すべてを分解してグリスアップしてやっと音鳴りが止まった。

結局音が鳴っていたのはペダル軸でもクランクボルトでもボトムブラケットでもなくリアのハブだったというオチだったのだが、両手をグリスとオイルと訳の分からない汚れで真っ黒にしながら作業しており、その汚れを落とすためにもう皮を溶かしているんじゃないかというくらい良く落ちる工業用のクリーナで何度も手を洗ったために手の皮がボロボロになっていた。

で、そんな手なので、職場でエレベータに乗っている時やら何やらで蠅のように手をスリスリと擦り合わせてながら「ゴマすってるんじゃなくて、自転車分解しすぎて手がガサガサなんですわー」などと世間話のネタにしたりしていていたら、先日、職場の超女子力の高いある方に「土偶さんが手が荒れてると仰ってたので、うふふ♪」とハンドクリームを頂いたのだ。

ロクシタン シアハンドクリーム??
む、これはおフランスのアレではないか。しかもなんか妙にデカい歯磨き粉くらいあるガチ勢サイズやん?
あ、そういえば今日は2月14日?といえばあの日ではないか??
むむ、これはもしかしてそういうことなのか??

いやいや、そのハンドクリームくれた方は無駄に女子力の高い人立派なオッサンやし…

ということで、私のガサガサの手は貰ったハンドクリームでとっても潤い、景気よくキーボードをカタカタ叩くと何とも女子っぽい匂いが漂ってきて…
むむむ...なんか変な気分になっ、いやいやいやいやいや

 

2018年2月10日

意味を考えない意味、理由を求めない理由

2017年中、このブログにエントリを二つしか書いていないことに今更ながら驚いた。
いやもうこのブログを残しておく意味なんかないんじゃないか?と思わないでもないけど、人間意味を考えた時点で足が止まる事は私も知っている。
「生きている理由」やら「実存の意味」やら「レーゾンデートル」などというものに関わらず「書かないブログを残しておく意味」なんぞについても、ふと考え込んでしまうといろいろ色とこじらせてややこしい事になってしまうのだ。
ということで、とりあえずこのブログは消すこともないしそっ閉じ…
というのも何なので今これを書いている。

人は自分のなれないものについては夢見ることすらしないというけど、最近よく思うのは、それを逆にした言い方「夢見る時点で何かしらの可能性がある」ということだ。
このブログを書き始めるずっと昔、この業界に入り始めた若いころに心の中で思い描いていた状況、こういう立場でこのくらいの収入があればええやろうなぁ。という状況に自分がなりつつあり、何かしら一つの到達点をクリアしたような感覚がある。
もちろん同じ業界やったり同じ年齢くらいの人間と比べれば全く大したことはないけど、また逆にそれくらいしか思い描けなかった事が自らの可能性を小さくしてしまっていたと言えないこともないけど、それでも、若き自分がぼんやりと思い描いた姿に自分自身がなっているというのはそこはかとなく嬉しいものだ。
他人と比べる相対評価ではなく、自分自身で自分を見た絶対的な基準でもって自分自身を評価できるというのは嬉しいものだ。
と、なんか胡散臭い自己啓発的な何ぞみたいな語彙が出てきたのでとりあえずこの話はここまで。

思えばブログにほとんど何も書かなかった期間に色々なことがあったし、私を取り巻く環境や私自身の嗜好も結構変わった。
本を前ほど読まなくなった代わりに良く旅行に行くようになった。一昨年なんか3回も沖縄に行った。
昔はなんとなく好きじゃなかった東京が何度も遊びに行くうちに大好きになり、住みたいと思うほどになり、それならと、通販会社を隠れ蓑にしてITの各分野の先端を突っ走るグローバル企業で働く友人にうちの東京の求人に応募してみないかと誘われたりもした。

今私は結構いろいろなことを夢見ている。数年前までは全く思い描きもしなかったことだ。
先に書いた話からすれば、それは全くの実現不可能なものではない。ということになる。
いつかそうなるといいな。

2017年10月27日

『深い河』の『リバーズ・エッジ』

今年の夏に初めて遠藤周作の『深い河』を読んだ。
大雑把に言えば様々な人生の重みやら苦悩やらなんやらを抱え込んだ主人公たちがそれぞれのテーマを抱いてインドへのツアーに参加し、清濁が混ざり合い混沌としたインドやらガンジスやらヒンズーやらに身を置くことで、人間とか生とか死とか愛とかいったような、いわゆる宗教的、哲学的と呼ばれるようなテーマに向かい合う様を描く物語ということになろうか。
確固とした文芸的ポジションを持つ重厚な文学作品であり、典型的なインドものでありロードムービーであり(映画じゃないけど)、そういう視点での感想のようなものはネットにいくらでもあるのでここでは書かない。

私がこの『深い河』を読むことで書こうと思ったのは、遠藤周作についてでもキリスト教についてでもなく岡崎京子についてである。

『深い河』の主人公たちは深い業を背負ったと自認しインドに旅することで自分と向かい合い人生やら業やらについて思いを巡らせ、そういったテーマで物語が進んで行くわけであるけど、主人公たちのツアーバスには汚いものやアジアが嫌いでヨーロッパやキラキラしたものが好きそうな、明らかにインドに来たことを後悔している三條夫婦なるものが同乗する。
主人公たちがヴァーラーナシーやらガンジスの風景と人々に心奪われる中、三條夫婦は暑いだの汚いだの臭いだのと文句を言いまくり、主人公たちがインドに向ける眼差しともテーマとも全く相容れない三條夫婦が、インドとインドに魅入られた主人公たちに生理的拒否反応を示して読者からのヘイトを集めることで、主人公たちの苦悩的特殊性やら文学的正当性を引きた立たせている。
主人公たちの「哲学的」な苦悩が「マス」代表である三條夫婦に理解されないところまで含めて典型的な「文学的」フォーマットといえるだろうし、実際に物語は最初から最後までそういったトーンで進む。

いわゆる「文学」が描いてきたのはこういった主人公の視点であり物語であった。
しかし、岡崎京子は三條夫婦のような、文学的には無価値とされるキャラクターの視点から同じ風景とテーマを描いたのだ。
今までの文学が深く苦悩する主人公たちが世界の闇と真正面から向き合うものだとしたら、岡崎京子の描く物語は世界の歪みや闇に飲み込まれつつも苦悩とは無縁にサバイバルするミーハーとかスイーツとかモブとかマスとか呼ばれる人々の物語である。

岡崎京子の描く物語世界でも依然として世界は『深い河』の世界と同じように業と生と死と愛に満ちた世界である。
そして登場人物たちも同じように怒ったり泣いたり笑ったり混乱しつつも、文学的苦悩とはまた違う方向性で生き延びようとする。
『深い河』の主人公たちが岡崎京子世界の主人公のような「三條夫婦」と対比させられることでよりその影と深さを際立たせたように、岡崎京子世界の主人公たちは彼らの住む日の当たる明るい世界で自分が何にに苛まれているのかすら無自覚にもがき苦しむことで、実はその世界の地下に根を張っている闇と影とその暗いあり方を示唆しているように思えるのだ。

岡崎京子は「マンガは文学になったと」評された『pink』をオッサン向け情報誌である『平凡パンチ』に、岡崎マンガの代表作である『リバーズ・エッジ』を女性向けファッション誌である『月刊CUTiE』に連載していた。
決して『深い河』やら『シーシューポスの神話』やら『夜と霧』やら『塩狩峠』やらを読むタイプの人に向けて描いてはいなかった。
岡崎京子世界がただチャラくて軽くてスイーツな登場人物が登場する物語で終わらないのは、彼らを通して語られる世界が人生と人間の深部にダイレクトに触れているからだ。
岡崎京子世界の登場人物は典型的な文学作品のように生老病死に苦悩したり哲学的問いで思い詰めたりしないし、よくある人気漫画のようにスポーツやら芸術やら何かしらの道に打ち込んだり、自らの出生やら運命やら世界征服を企む敵やら世界の破滅と戦ったりなどしないし、愛やら恋やら運命の人やらと出会うことで救われたりもしない。
そもそも何かについて考えたり何かに熱中したり何かを目指して努力することもなく、ただ訳の分からない不安や違和感に苛まれ続け、時に降って沸いたような破滅に巻き込まれたりする、「哲学・文学・宗教」あるいは「友情・努力・勝利」あるいは「愛・恋・運命」と無縁の我々同じ圧倒的大多数の「モブ」のうちの一人である。

岡崎京子の描くのは「深い河」そのものではなく、その縁で生きざるを得ない圧倒的大多数の人の世界である『リバーズ・エッジ』である。
岡崎京子世界は『深い河』の『リバーズ・エッジ』なのだ!

と、これが言いたかっただけ。

岡崎京子についてのそのほかのエントリはこちら
岡崎京子展 戦場のガールズ・ライフ」@伊丹市立美術館 岡崎京子とニーチェとバタイユとフェミニズム

2017年3月18日

適応と憐憫と恩寵

とても価値があるように思っていたものが気づくとそれほどでもなくなっていたり、また逆に今までなんとも思わなかったものがいつの間にやらとっても素晴らしく見えるようになっていたりすることは、人間生きていれば割とよくあることだ。
そんな我々に起こる内的な変化を人は成長とか老化とか、飽きたとか我に返ったとか目覚めたとか、その時その場合の立場や見方で色々な言葉で呼んでいる。
そんな変化は人間の中の精神的な部分で気まぐれに起こっている現象のようでいて、実は何かしらの危機的な環境の変化に晒された精神が、その環境に適応して生き残る為に選択した戦術の一つであるように最近思うのだ。

気付けば私も色々なものを好きになり、色々なものが割とどうでもよくなり、あれに熱中しこれに飽き、あれを志しそれを諦め、そんなことを繰り返しつつ生きてきたような気がする。
結局そんな変化が方向性として正しかったのか間違っていたのかはさっぱりわからないけど、それでも少なくとも生物としての生存戦略のレベルから見れば、現状で生き残っている状態は成功であるとは言えるように思う。

昔は旅行が嫌いだった私がこれだけ頻繁に旅に出るようになり、苦いとしか思えなかったビールをゴクゴク飲んでは「ふひー」っとため息をつくようになった一方で、夏になるとどうしても行かずにはおれなかった海もそんな情熱を持って迫ってくるものではなくなり、ここしばらくの生活のかなりの部分を占めていたゲームのようなものを起動することも殆どなくなってしまった。

今まで知らなかった美しさや素晴らしさが見えてきた時の喜びは単純に心地良いけど、以前は価値があったはずのものが今や全く色を失って見える事に気づいた瞬間というのは、過去のある時にはとても大きなものだった筈の美や真の一つを喪失した自分自身に対して、そしてまたそんな情熱を持って向けられる一つの目を失ってしまった対象に対して、ちょっとした憐憫の情のようなものを感じる。

かつては私の中にあったけれどどこかに消えてしまった「何か」に対する情熱や親愛やら友愛の情のようなものは、ただ私の中を通り過ぎたのではなく、特定の期間を生き抜くために一時的に与えられた恩寵のようなものなのかもしれない。などと思う春であった。

2016年9月8日

世界の巨匠たちが子どもだったころ@京都伊勢丹美術館えき

「終わりそうな展覧会の感想を書くシリーズ」今回は京都伊勢丹美術館えきで開催されている「世界の巨匠たちが子どもだったころ」についてだー

内容はタイトルの通り日本から世界までの巨匠と呼ばれる画家やデザイナーの10代の頃の作品ばかりを集めた展覧会である。
展示品はいろいろな博物館美術館から借りてきたのではなく、愛知の「おかざき世界子ども美術博物館」がこの趣旨で集めたコレクションをそのまま持ってきただけであったけど、この展覧会は巡回展ではなくこの「京都伊勢丹美術館えき」だけで開催されているようで、やるなー伊勢丹という感じである。
過去に観る前はそれほど興味がなかった北澤美術館のガレとドームのガラス食器とか、ウフィツィ美術館の自画像コレクションを現地ではない京都だったり大阪だったりで観て大好きになったりしたけど、個性のあるコレクションを現地まで行かずに鑑賞できる方向性の企画展は大好きである。

で、展覧会の内容についてであるけど、結局この展覧会に来る人の一番の興味は「巨匠は子供の頃から巨匠なのか?」に尽きるのではないかと思う。
画像にあるピカソの14歳のデッサンとかはおおーっ!と圧倒されるし、16歳の平山郁夫が描いた虎とかも渋すぎて笑えるくらいに子供の頃から巨匠感満開であるけど、そうでない子供っぽい絵も多く、この展覧会を観た私の「巨匠は子供の頃から巨匠なのか?」に対する結論は「人による」という身も蓋もないものであった…

とはいえ、どの巨匠の子供の頃の絵も技術的な部分とは別に、巨匠と呼ばれるような、心を揺さぶられたり衝撃を与えらたれたりするほどの絵かといえばそうではなかった。
圧倒的な筆力のピカソのデッサンやエゴン・シーレが描いた姉の絵や平山郁夫の虎よりも、それよりも遥かに簡素に書かれたキュビズム的な絵や自分の醜さを書いた自画像や、シルクロードの風景の絵のほうが遥かに迫ってくるものがある。
当たり前といえば当たり前であるけど、巨匠が巨匠であるのは絵の上の技術でも力でもなくまた別の、書かれた絵の先だったり奥だったりするその人間そのものに由来する何かだと改めて思った。

人間は生きていれば進化したり退化したり伸びたり縮んだりするわけであるけど、オッサンになって思うのはこのくらいの歳になると、生まれた環境とか子供の頃に何をしていたとかいった系統的な要素はほとんど関係なく、どう生きて何を自分で学んだかという個体レベルの差が大きくなるとつくづく思う。
子供だったり若かった頃に感じた系統差のようなものはオッサンになると殆どなくなって個体差しかなくなってくるように思う。
私ももう私が只の人間であるとこの先や奥のほうで何かしら成長して、「ドグー」から「ドグリュー」くらいに進化すると良いな~

で、そんな「世界の巨匠たちが子どもだったころ」点は京都伊勢丹美術館「えき」で2016年9/11までだ~急げ~

2016年8月28日

冒険者土偶、巨大ヤモリを捕獲せよ

部屋に巨大ヤモリが出没したので何とかしてほしいと依頼が入り、出かける用事もあったのでついでに寄ってゆくかということで依頼を受ける。
ヤモリが部屋にいるとかむしろご褒美やん。と思いつつもそこは創世記の昔から蛇とか爬虫類と女子の間には敵意が存在するのだ。

主なる神は、蛇に向かって言われた。
「このようなことをしたお前は
あらゆる家畜、あらゆる野の獣の中で
呪われるものとなった。お前は、生涯這いまわり、塵を食らう。
お前と女、お前の子孫と女の子孫の間に
わたしは敵意を置く。彼はお前の頭を砕きお前は彼のかかとを砕く。」
 創世記3:14~15

早速現場に赴くもターゲットの姿は見えず。物陰という物陰を捜索して対象を肉眼で確認。巨大ヤモリと聞いていたが実際に出現したのはほんの生まれたばかりの小さい小さい子ヤモリであった。

ヤモリだろうが怪魚だろうが人間関係だろうが恐怖の対象は実際よりもはるかに大きく見えるものだ。
どんくさくオロオロする子ヤモリを難なく捕獲、子ヤモリゲットだぜー。

 

手の中でもぞもぞ逃げようとする子ヤモリはかなり可愛らしい。
「森へお帰り。特定の人類と爬虫類は同じ世界に住めないのだよ、そのうちにゴキジェットとかで攻撃されれば全面戦争になってしまうやもしれぬ。」とを外に開放してミッションコンプリート。
報酬は北山紅茶館でヌワラエリアを一杯。駆け出し冒険者にはまずまずの依頼だ。

しかし、このような討伐系の依頼を受けてゆくと、野良犬が近所に住み着いたので追い払ってほしい。庭先にスズメバチの巣ができたので駆除してほしい。とエスカレートしてゆき、
そのうち「村のはずれにオークが巣を作って畑を荒らすので群れを殲滅してほしい。」「ワイバーンが飛来して家畜をさらってゆくので迎撃してほしい。」となり、
そして最後には「ドラゴンに姫がさらわれたので救出してほしい。」とかいうどこの勇者様だよ!というトンデモ依頼にエスカレートしてゆくのだろうなぁ。

2016年8月23日

「岡崎京子展 戦場のガールズ・ライフ」@伊丹市立美術館 岡崎京子とニーチェとバタイユとフェミニズム

伊丹市立美術館で開催されている「岡崎京子展 戦場のガールズ・ライフ」に行ってきた。

結構マイナーな展覧会らしくあまり情報がなく、この春に世田谷文学館で開催されてから、夏に私の行った伊丹市立美術館と冬に福岡県で開催されるだけであるようである。

この展覧会では岡崎京子がまだ子供時代だった頃に戯れに描いたイラストから、学生時代に掲載された作品に始まり、書籍化されている代表作の原画だけではなく、単行本化されていない原稿やファッション誌から情報誌からサブカル誌からロリコン漫画誌までありとあらゆるメディアに載ったマンガや文章といったものも展示されていてその情報量は膨大だった。
岡崎京子の生い立ちから作品群やその時代背景や解釈や文化的ポジションまでを網羅する、岡崎京子を知らない人にも楽しめるような構成でありつつも、ごく最近に出た数冊を除いて岡崎京子の書籍化されたほぼすべての作品を読んだ私のような密かな岡崎京子ファンにも十分満足できる良い企画展だった。

展覧会そのものは大きく4セクションに分けての展示がなされており、それぞれ、
SCENE1が「東京ガールズ、ブラボー!!」
SCENE2が「愛と資本主義」
SCENE3が「平坦な戦場」
そしてSCENE4が「女のケモノ道」
というテーマになっている。
一見時系列で彼女の作品群を区切ってテーマ分けしているように見えて、実は発表された時代ではなく内容によって区切られおり、なるほど見事な起承転結のこのテーマ区分とセクション分けそのものが一つの岡崎京子解釈だなぁという気がする。
サブタイトルとなっている「戦場のガールズ・ライフ」、これこそを岡崎京子が描こうとしていたものとして見るスタンスだな。

SCENE1でブランドや飲食店や音楽などの固有名詞が飛びかう会話を交わしながら軽く生き抜く様を描く『東京ガールズ、ブラボー!!』で情報過多で欲望に翻弄される都市生活を営む少女の日常を描き、
SCENE2と同じ「愛と資本主義」がテーマの「マンガが文学になった」とまで言われた『pink』で描かれる、食費のかかるワニを買い、大好きなピンク色のものを買い漁るために昼はOL夜はホテトル嬢という生活を楽しく営む女子は、資本主義社会に属しながらも何処か違う形で組み込まれることでささやかな違和感を表現しているように見える。
SCENE3ではバブル経済が崩壊した不穏な社会情勢の中で、ゲイである自分と世界に折り合いを付けることのできない少年と、過食嘔吐を繰り返しながらモデルとして活動している少女と、どこにでもいそうな平凡だけどそれなりの不安と問題と葛藤を抱え込んでいる少女の三人が河川敷に打ち捨てられた人の死体を眺めることで精神的安定を保つ様を描く『リバーズ・エッジ』を「平坦な戦場」と表現し、
そして、SCENE4ではそんな女子達が歩く「女のケモノ道」が描かれる。
全身を整形してサイボーグのように完璧なルックスでもって芸能界をサバイバルしようとする「りりこ」の物語『ヘルター・スケーター』のようなアグレッシブな路線だけでなく、
一方で時代的にはpinkと同時代に発売された、仲良し女子3人組の面白おかしく語られる会話のみが描かれる『くちびるから散弾銃』の限りなくソフトで軽い路線ももこのセクションに入っていて感心する。

岡崎漫画に登場する主人公は大抵誰も魅力的で美しいけど、そこに出てくる男性はほとんど例外なく魅力が無いと言い切ってしまっていいと思う。
彼女の描く女子は恋をしたり男を利用したりしつつも、彼女の描く物語の根本のところで男性は必要とされておらず不在であるように思える。
そういう意味で言えばこの展覧会での岡崎京子の描く「女のケモノ道」や「戦場のガールズ・ライフ」はフェミニズムのひとつのあり方であると捉えることができるかもしれない。

彼女の作品群は映画、小説、音楽、現代思想からの引用が多い。
かと言って彼女の登場する人物がそういった傾向を持つのかといえばそれは全く逆である。
登場する人物は基本的に何かに熱中することがなく、何かを創造したり何かを解決したり何かを考えたりはしない。
スポーツや創作活動や何かしらの「道」に邁進することももなく、過食嘔吐だろうがLBGTだろうが家族の不和だろうがそれらに向き合ったり折り合いをつけたりせず、それらについて深く思考する素振りすら見せない。
みんななにかしらちょっとした悩みと違和感を抱えながらも何も考えずただ消費者原理に首まで浸かり欲望のままに流されてゆくだけだ。
彼ら思考する主体ではない消費活動だけを行う登場人物から浮かび上がってくる現実のその様がリアルに感じられとても素晴らしいのだ。
ただの小難しい文学かぶれの漫画と彼女の漫画が根本的に違うのはこの部分にあるように思う。

そして彼女の作品にはその文学性に相応しい美がある。
今まであまり触れられることも言及されることもなかったけど、
ある男が好きでたまらない女子大学生がが体の関係だけでいいからとその男子に迫り、夏休みに一週間彼の性的な奴隷にまでなって結果的にフラレてしまう『私は貴兄のオモチャなの』という作品が私は大好きだ。(ちなみにこの展覧会ではこの『私は貴兄のオモチャなの』の主人公星子がステッカーになっていてとてもびっくりした。)
若いころの恋愛のあまりにも極端な形が、男性側でなく女性側の目線で描かれていることで、オッサンである私は過去に身近に接していながらも決して理解できなかった世界の一端に触れたような気になった。
最後の1日で恋人として付き合うことを諦める代わりに公園でデートして船に乗るシーンはポランスキーの「テス」を思わせるし、
そして何事もなかったように家に帰ったあとの日常の一コマを描いたこの物語の最後の方のシーンもとても美しい。

若さゆえの奇跡の美しさをただ無闇に消尽させる様はまるでバタイユではないか。
このバタイユ的な美しさこそが岡崎京子本質ではないだろうか。

ストーリーとしてはブラックで醜くて重たいものであるけど、全体としてとても軽いトーンで貫かれている。
変に問題提起も告発も暴露もせずただ淡々何も起こっていないようにすら見える。この軽やかさが岡崎京子の持ち味だ。

全てを賭けた恋に絶望的に破れ、体も心も文字通りボロボロになって生還したものの、結局何も成就されず解決されなかった物語のラストとしては、
この最後のページはあまりに軽やかだ。

岡崎京子は

「いつも一人の女の子のことを書こうと思っている。
いつも、たった一人の。一人ぼっちの。一人の女の子の落ちかたというものを。」

と書いている。

一方でニーチェはツァラトストラにこう語らせている。

「人間において愛しうる点は、かれが過渡であり、没落であるということである。」
「わたしは愛する、没落する者として生きるほかには、生きるすべをもたない者たちを。それはかなたを目ざして超えてゆく者だからである。わたしは愛する、大いなる軽蔑者を。かれは大いなる尊敬者であり、かなたの岸への憧れの矢であるからだ。わたしは愛する、没落し、身をささげる根拠を、わざわざ星空のかなたに求めることをせず、いつの日か大地が超人のものとなるように、大地に身をささげる者を。」

まさに岡崎京子に登場するキャラクターのことではないか。
岡崎京子作品は、ニーチェ目線でバタイユ的な美を描いているのだ!

と話が大げさになってきた所で今日のブログは終わり。
無闇に長い上に、「岡崎京子展」じゃなくって「岡崎京子」の話になったな…

ということで、展覧会後のお昼に近くで食べたパスタとピザが美味しかった。

あまりに熱中しすぎて昼前に入ったのに出てきた頃にはとっくにランチタイムが終わっている程の充実した展覧会、
「岡崎京子展 戦場のガールズ・ライフ」@伊丹市立美術館 は9月11日(日)までだ。急げ~

 

2016年8月22日

京都市美術館の「ダリ展」と京都文化博物館の「ダリ版画展」、そして京都国立近代美術館

先日、京都市美術館で開催されている「ダリ展」、その向かいの京都国立近代美術館のコレクション展、そして京都文化博物館の「ダリ版画展」と3つの展覧会をはしごしてきた。

サルバトール・ダリなる人物は生まれつきの天才で、奇人で独創的なシュールリアリズムの画家というイメージがある。
しかし、若いころはモネ風な印象派だったりピカソ風キュビズムだったり、マティス風フォービズムっぽい絵を描いたりしていたし、彼が自身のスタイルを確立してからもシュールリアリスム的モチーフの主な源泉だった夢を記録するために、椅子の背にスプーンを置いて寝て、寝入りそうになるとスプーンが落ちて目が覚める。という涙ぐましい努力を密かに行っており、根っからの先天的な天才というよりはある程度作られた部分があるように思う。
彼自身も「天才になるには天才のふりをすればいい」という言葉を残しているくらいだ。

彼の「いかにもダリ」という作風が芽生え始めるのは彼の生涯の伴侶となったガラと出会ってからで、後の彼の「奇人ダリ」という一つの世界を、作品からキャラクターから言動までのすべてをプロデュースしてコントロールしていたのはダリ自身ではなく、彼のミューズであり支配者でもあったガラだという話は有名だ。
ダリよりも10歳年上だったガラはずっとダリの妻でプロデューサーでありつつも堂々と若い芸術家の恋人たちを複数人面倒を見て、一方のダリも晩年にはガラ公認のアマンダ・リアなる40歳年下の恋人がいた。
一般的には少し歪んだ夫婦関係に見えるけど、それでもガラの死後のダリが創作活動を拒否して閉じこもり後を追うように死んでしまったくらいで、お互いはお互いを生涯特別な存在として愛し添い遂げたことだけは間違いない。

で、京都市美術館の「ダリ展」について、

彼の生涯にわたっての作品を網羅的に扱うこの展示会ではそのダリとガラの関係を突っ込んで考察したり解説してあるかと期待したのだが全然そうではなかった。
ガラに関しては1つのコーナが設けてあったのだが、結局「ガラは彼にとってミューズでありプロデューサーであった」みたいな、そんな知っとるわー的なことばかりで、結局ダリにとってのガラの魅力とか、ダリはどんな影響をガラから受けたのか、そんな事は全然わからず仕舞いだった。

そういえば、以前、フランスの画家バルテュスが45歳の時に人里離れた城館で15歳の恋人の少女と2人だけでほとんどだれとも合わずに8年間暮らし、その間はほとんど田園風景とその少女の絵しか書かなかった事実を同じく京都市美術館でやってた「バルテュス展」で完全スルーされていた事を書いたことがあった。
→「バルテュスを通してロリコンと美を考える

こんな感じのでっかい美術館での大規模展覧会では無難なところはオブラートとどころか完全スルーされる傾向があるなー

この展覧会で私が一番「おおっ!」と思ったのは「不思議の国のアリスの挿絵」だろうか。
19世紀末から現在に至るまでの芸術家の多くがそうであるように、ダリも純粋芸術たる絵画だけでなく、商業デザインから舞台演出から建築から本の挿絵に至るまで実に様々なジャンルに関わっており、その「不思議の国のアリスの挿絵」もそんな中の1つだ。

しかし挿絵と言いつつも前もって知っていなければ「不思議の国のアリス」とは分からないダリっぷり、ダリは何を描いてもダリでしかない。
その扉絵1枚と挿絵12枚のどれもがシュールなのだが、注目すべきはこの1枚「狂気のティーパーティー」だ。


この挿絵に描かれている蝶が実際に存在する蝶であることは昆虫好きな人から見れば一目瞭然だろう。
この蝶のほかにもほかの挿絵に登場するナナフシだのカミキリムシだの昆虫だけが妙に写実的なリアルさを持っているのが変に印象に残る。
蝶の模様といえばいかにもシュールにデザインできそうなものだけど、模様を考えるのが大変だから図鑑なり写真ををそのまま写したんじゃないかという気がしないでもない。
このあまり写実的な絵が、ダリにすれば逆にあまりに適当すぎるようで笑った。

で、そんなダリの挿絵やらなんやらの版画に特化した京都文化博物館の「ダリ版画展」である。

このパンフレットの蝶がすでに不思議の国のアリスの挿絵と同じく写実そのものでちょっと笑ってしまうけど、絵ではなくコラージュなのであまり違和感はない。
京都市美術館がかなりの人出だったのに引き換え、この版画展は人も少なくて心地よかったし、網羅的な「ダリ展」に引き換え、円熟期以降の「版画」に絞ったこの展覧会はテーマが明確でその分内容も濃かったように思う。
例のごとく言われなければそうとはわからないダンテ『神曲』の挿絵も、「実は神曲を読んだことがない」と5年後にダリが告白していると解説したり、日本の民話につけた挿絵を「明らかに内容と関係ない」と解説したりなかなか可笑しかった。

『神曲』は読んだことがなくてもそれらしくイメージして適当な挿絵を描けるような気がするけど、昔話の「花咲か爺さん」の挿絵でシュールなドラゴンらしき生物とシュールな馬らしきものに乗ったナイトらしきものが戦っているのには笑った。いやいや、絶対そんなん出て来んしね。
「昔話言うたらドラゴンと騎士やろー」的な安直な発想が透けて見えるようである。
本文を全部読まずに評論を描いたり、映画を見ずに解説したりするという話はよく聞くけど、本文を読まずに挿絵を描いてしまうダリの天才っぷりは素晴らしい!
いろいろな方向にぶっ飛んだダリの芸術性だけでなく、適当さだとかお茶目さも伝わってくるような展覧会だったと思う。

そして、その2つの間の展覧会の間に京都市美術館の向かいの京都国立近代美術館の常設展に寄ってきた。
去年に所蔵したというクリムト、ココシュカ、そしてエゴン・シーレの素描やら版画で構成された「ウィーン世紀末のグラフィック」コレクションが目当てだったけど、展示自体がとても少なく、それよりもマネキンを使った作品群の「キュレトリアル・スタディズ11: 七彩に集った作家たち」がとても面白かったし、ミュージアムカフェの甘々トーストもおいしかった。
やっぱり私は現代アートが好きなんだなと。そしてもうダリはもうすでに古典なんだなーと思ったのであった。

 

 

  

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